月に一度のおにぎりを、心から楽しみにしている人がいます。その時間を「情けない」と言われたとき、その人は自分の幸せを手放すべきなのでしょうか。先に答えを書くと、満足していることと、諦めていることは同じではありません。ただし、その区別を言葉だけで決めることはできず、その人が何を選び続けているかに表れます。そしてもう一つ見落とせないのは、「おにぎりが贅沢品になった」のが個人の心の持ちようではなく、賃金と物価、雇用の構造の問題でもあるという点です。
ここから扱うのは、創作の物語に描かれた一人の男性の話です。登場人物の語りは実在の人物の証言ではなく、示される統計も、物語の主張を支えるために提示されたものです。そのうえで、そこから何を考えられるかを整理していきます。
「おにぎりが贅沢品」という言葉の二重性
この言葉には、二つの感覚が重なっています。一つは、かつて当たり前に買えていたものが、いつのまにか手の届きにくいものになるという感覚です。もう一つは、一個のおにぎりで満足できるという感覚です。
描かれた物語では、前者を絶望、後者を強さと言い換えています。けれども重要なのは、外から見たときに同じ行動がどちらにも見えるという点です。月に一度のごちそうを大切にしている人が、それを「みじめだ」と言われた途端に味気なく感じる、ということは起こりえます。仮の例として、楽しみにしていた習慣を誰かの一言でやめてしまい、あとから「なぜやめたのか分からない」と感じる場面を想像してみてください。
つまり、その人の満足が本物かどうかを、他人が短い言葉で判定することはできません。
「折りたたみ椅子」の比喩が示すもの
物語は、会社が倒産したのは本人の責任ではない、という点を繰り返し描きます。27歳で経験3年、書類の段階で落ちる。つなぎのつもりだったアルバイトが10年、20年と続いていく。ここで使われるのが、壊れた椅子と折りたたみ椅子の比喩です。一度は座れた椅子が3年で壊れ、代わりに渡されたのは座り心地のよくない折りたたみ椅子だった、という見方です。
この比喩は、自己責任という言葉で構造を個人の失敗に置き換えないために有効です。ただし、人生を椅子にたとえる見方にも限界はあります。椅子がなくても立てる人もいれば、同じ椅子に長く座り続けることが合っている人もいます。比喩は考えるための道具であって、結論そのものではありません。
数字が映すもの、映さないもの
物語の中では、非正規雇用者の平均年収、正社員の平均年収、国民年金の平均受給月額、正社員登用制度の実績など、いくつかの数字が示されます。これらは「努力が足りないのではない」と示す材料になりますが、実際の値は調査の年や定義によって変わります。関心がある場合は、国税庁の民間給与実態統計調査や総務省の労働力調査など、公的な統計で確認することをおすすめします。
数字は構造を映しますが、その人の感じ方までは映しません。平均に自分を当てはめて、かえってつらくなることもあります。数字は判断材料の一つとして扱い、自分の実感を上書きしないようにしたいところです。
「満足は諦めか」に、言葉で決着をつけようとしない
この問いに対して、物語は明確な答えを出しません。代わりに、答えは言葉ではなく行動に表れる、という言い方がされます。これは慰めではなく、問いの立て方についての指摘だと読めます。
手がかりとして、次のようなことを自分に聞いてみるのはどうでしょうか。
- その時間を、誰かに見せるためではなく自分のために選んでいるか
- やめたいのにやめられないのか、続けたいから続けているのか
- 誰かの評価を聞いたあと、その時間は前より味気なくなったか、それとも変わらないか
これは判定テストではありません。答えを急ぐと、また他人の基準で自分を測ることになります。急がなくてよい問いとして持っておくほうが、現実的です。
知らないと使えない支援がある
生活に困ったときに使える仕組みは、存在しています。生活保護、住居確保給付金、求職者支援制度、自治体の相談窓口、ハローワークの相談、社会福祉協議会の生活福祉資金貸付などが代表的です。名称や要件、窓口の対応は自治体や年度によって変わるため、公式サイトや窓口で確認してください。
使うことに抵抗を感じる人は少なくありません。制度は「頑張った人へのご褒美」ではなく、生活を立て直すための仕組みとして設計されています。ただし、実際に使いやすいかどうかは別の問題で、そこに課題があることも事実です。ここで挙げたのは一般的な選択肢の紹介であり、申請が通ることを保証するものではありません。
当てはまらない人もいる
正社員として働き続けることが合っている人もいます。安定を求めることは、逃げでも妥協でもありません。反対に、非正規という立場でも、仕事の内容や自分の時間に納得している人もいます。大切なのは立場の名前ではなく、その人が自分の選択を選び直せる余地があるかどうかです。
また、つらさが長く続いて眠れない、食べられない、消えたい気持ちが浮かぶといった場合は、この記事の中だけで抱え込まず、医療機関や相談窓口を頼ってください。心理的な説明は、診断や治療の代わりにはなりません。
問いを持ったまま、暮らしを続けるために
今日の自分の「おにぎり」にあたるものは何かを、一つ思い浮かべてみてください。それが誰かに笑われたとしても、手放すかどうかを決めるのは自分です。そして、個人の心がけでは変えられない部分、たとえば賃金や雇用の仕組みについては、制度の側を変えていく話として扱う必要があります。
現実的な次の行動は、使える制度を一つだけ調べる、信頼できる人に今の状況を話す、といった程度のことです。決断を急ぐ必要はありません。満足か諦めかという問いは、一度で答えの出るものではなく、暮らしの中で少しずつ形が変わっていくものだからです。