トランプ前政権下で在独米軍の削減方針が示されて以来、米国のNATO(北大西洋条約機構)へのコミットメントが揺らぐたびに、ヨーロッパの安全保障は「戦力不足」の観点から語られがちだ。しかし、より本質的で長期的な問題は、米国が提供してきた「統合軍司令官」という役割の空白にある。歴史的に見れば、NATOは単なる軍事同盟ではなく、「ロシアを排し、米国を引き込み、ドイツを抑える」というヨーロッパ均衡の装置として機能してきた。米国が抜けた後の指揮系統を誰が担うのか――その答えのなさこそが、戦力増強では埋まらない構造的亀裂を生む。
トランプ政権の在独米軍削減と「負担分担」論争の背景
2020年、トランプ政権は在独米軍約3万6000人のうち5000人(約14%)を撤退させる方針を打ち出した。表向きはドイツが防衛費をGDP比2%目標に達していないことへの不満とされたが、同時にイラン問題で欧州が米国と歩調を合わせなかったことへの懲罰的意味合いも指摘された。背景には、米国が第一の脅威と見なす中国へ兵力を集中させたいという戦略的意図があり、欧州NATO加盟国がより自立的な防衛負担を担わなければ米国の足を引っ張ることになるという認識があった。
この動きは、NATOの根幹である北大西洋条約第5条(集団的自衛権)の信頼性を揺るがすものとして受け止められた。冷戦期から今日まで、ロシア(ソ連)が西欧へ大規模侵攻しなかったのは、欧州への攻撃が自動的に米国との全面戦争を意味するためだった。ウクライナ戦争でも、ロシアがポーランドなどの兵器供給ルートを直接攻撃しないのは、米国との直接衝突を避けるためだとされる。米軍プレゼンスの縮小、あるいは「同盟国を守るつもりがない」と見なされる発言自体が、抑止力の心理的基盤を蝕む。
兵器依存の実態:F-35が象徴する「米国なしでは動かない」現実
短期的には、米国抜きでロシアに対抗する軍事力を欧州だけで維持するのは極めて困難だ。2021年から2025年にかけて欧州NATO諸国が輸入した主要兵器の58%は米国製であり、次位の韓国製(8%)を大きく引き離している。特にF-35戦闘機は、2030年代までに700機以上が欧州に配備される見込みで、欧州空軍の標準機となりつつある。
F-35の強みは機体性能だけでなく、他機や衛星と通信し情報を共有するネットワーク中心の運用概念にある。しかし、そのソフトウェア、通信衛星、部品供給、整備・訓練インフラの多くを米国が握っている。過去には「キルスイッチ(遠隔無効化機能)の存在」が疑われたこともあり、実態は不明ながらも、米国の政治的意思決定なしには実質的に運用不能になるリスクは払拭できない。この依存構造は、欧州が「戦略的自律」を掲げつつも、米国製兵器の比率を下げられていない現実を突きつける。
長期的には欧州単独でロシアを上回り得る潜在力
しかし、戦力不足自体は時間をかけて解決可能だという見方も根強い。経済規模で見れば、ロシアのGDP約2兆ドルに対し、EU全体は約19.5兆ドル、ドイツ単独でも約5兆ドルと圧倒する。現在、欧州諸国はGDP比2%程度の軍事費を拡大する方向にあり、衰退した防衛産業の再建も進められている。兵士の訓練や兵器増産には時間を要するが、中長期的には欧州のみでロシアの戦力を凌駕することは十分可能と見られている。
問題は、その「強くなった欧州」がいかに統合的に機能するかだ。NATOには現在32か国が加盟しているが、各国が勝手に動けば味方同士の動きが噛み合わず、ロシアに隙を与える。統合軍として機能させるには、単一の指揮系統の下で全軍がまとまって動く必要がある。その頂点に立つ「欧州連合軍最高司令官(SACEUR)」は、創設以来例外なく米国人が務めてきた。初代はノルマンディー上陸作戦の連合軍最高司令官だったドワイト・アイゼンハワーであり、この「米国人司令官が欧州諸国軍を統合運用する」発想が戦後NATOに継承されたのだ。
「ドイツを抑える」装置としてのNATOと歴史的均衡
初代NATO事務総長ロード・イスメイの有名な言葉――「ロシアを排し、米国を引き込み、ドイツを抑える」――は、NATOの本質を突いている。一般に想像される「加盟国が軍隊を出し合って協力する」という加算的イメージとは異なり、NATOは欧州諸国を米国の指揮系統の下に組み込むことで、欧州内部のパワーバランスを凍結させる装置として機能してきた。
歴史的に欧州は、中国のような統一王朝が定着せず、同程度の大国が並立し、一国が覇権を握ろうとすれば他国が連合して抑え込む「均衡外交」の舞台だった。その中心にあったのが「ドイツ問題(German Question)」だ。1871年のドイツ帝国成立以来、人口・教育・工業・軍事力で欧州最大となったドイツは、周辺国にとって脅威であり、ドイツ自身も東西からの挟撃を恐れて軍拡に走った。この悪循環が二度の世界大戦を招き、戦後は米国の傘下にドイツを置くことで解決された経緯がある。
米国離脱後の指揮権をめぐる「ドイツ問題」の再燃
米国が抜ければ、サッカーで言えば「監督不在」の状態になる。残った欧州諸国が戦力を増強しても、統一指揮がなければ一つの軍として機能しない。では、米国に代わって誰が指揮するのか。経済・軍事力で最大のドイツが務めるのが自然に見えるが、ここにかつての「ドイツ問題」が蘇る。フランス、イギリス、ポーランドなどが、ドイツの指揮下に自国軍を置くことを受け入れるか。歴史的記憶と地政学的警戒感から、それは極めて困難だ。
米国が「欧州の外にある強力な第三者」として機能していたからこそ、欧州諸国は自国軍の指揮権を委ねられた。米国という外部の均衡者がいなくなれば、欧州内部の序列争いが再燃し、統合指揮構造そのものが機能不全に陥るリスクがある。これは単なる軍事力の穴埋めでは解決しない、政治的・歴史的な構造問題だ。
残される問い:欧州は「監督なし」で統合軍を運営できるか
米国のNATO離脱、あるいは実質的なコミットメント低下が現実味を帯びる中、欧州は「戦略的自律」の名の下に防衛力強化を急いでいる。しかし、兵器の共同開発や予算増額という「ハードウェア」の整備だけでは、NATOを機能させてきた「ソフトウェア」である統合指揮の問題は解決しない。
欧州連合(EU)独自の軍事計画・実行能力(MPCC)の強化や、フランス・イギリス主導の枠組み構築など、代替的指揮系統の模索は始まっている。だが、ドイツという「強すぎる中心」をどう位置づけ、フランスや東欧諸国の納得を得られる指揮構造を作れるか。その答えが見つからない限り、米国の空白は単なる戦力不足ではなく、ヨーロッパ秩序そのものの再編を迫る根源的課題として残り続けるだろう。