『養生訓』は、江戸時代の学者・貝原益軒が83歳のときに書き上げたとされる健康についての書物です。300年以上たった今も読み継がれているのは、長生きの裏技が並んでいるからではありません。益軒が繰り返し説いたのは、体の手入れよりも前に、まず心を整えるという順番でした。ただし、これは江戸時代の考え方です。現代の医学的な裏づけを示すものではない、という点は先に置いておきます。
なぜ江戸の健康本が今も読まれるのか
益軒は1630年、現在の福岡県にあたる地域の藩士の家に生まれました。父が浪人となり、母も6歳のときに亡くなるなど、少年期は恵まれたものではありませんでした。18歳で藩に仕えたものの、まもなく藩主の怒りに触れて職を失い、およそ7年の浪人生活を送ったと紹介されています。
その後、江戸に出て独学で学問を広げ、やがて藩に呼び戻されます。本草学の分野で日本最初の書物とされるものをまとめるなど、薬学や農学、教育学にも及ぶ幅広い仕事を残しました。病弱だったとされながら、84歳で亡くなるまで長く生きた人です。
『養生訓』が書かれたのは、妻が亡くなる直前の年だったと伝えられます。22歳差の妻との間に子は恵まれませんでしたが、晩年まで深い絆で結ばれ、ともに琴を奏でたり旅を楽しんだりと穏やかな日々を送ったとされています。健康の書でありながら、その背景には一人の家族への思いがあったようです。
「命は我にあり」——寿命を天に任せないという考え方
本書の冒頭には、人の体は天地自然の働きと、親から受け継いだ命のつながりの中にあり、天下四海と引き換えにしても買えないほど尊い、という趣旨の言葉が置かれています。当時は主君や大義のために死ぬことが理想とされ、自分の命を惜しむことは恥ずかしいことだと考える風潮がありました。その中でこの一文は、かなり大胆な宣言だったと読み解かれています。
さらに本書では、老子の言葉として「人の命は我にあり、天にあらず」という趣旨の一節が引かれます。寿命は天が決めるものではなく、自分の心がけによって長くも短くもなる。そう考えたうえで、自分の身を保ち生を養うことを「養生」と呼びました。
興味深いのは、養生という言葉を漢字一字で表すと「慎む」になる、という説明です。ここでいう慎みは、こわがることではなく、命を与えられたことへの畏敬の念に近いものだとされています。健康を「管理」や「努力」ではなく、少し畏れ多いものとして受け取る感覚です。これは記事としての解釈ですが、現代の健康情報に疲れてしまった人には、この距離の取り方が合うかもしれません。
50歳までは心が定まらない——人生を急がなくていい
本書には、人は50歳に至るまでは心が落ち着かず、思慮深さに欠け、勢いだけで行動してしまうものだ、という趣旨の記述があります。人生経験が少ないため物事の本質を見抜く力も育っておらず、後になって悔むことも多い。人生の「断」も「妙」も、本当に理解するには至っていない、というわけです。
これは若さを否定する話ではなく、順番の話として読めます。人生には味わい方があり、それは年を重ねる中でしか身につかない。だから序盤で勝ち急ぐ必要はない、という見方です。
徳川家康の遺訓にも、人の一生は重い荷を負って遠い道を行くようなもので、急ぐべきではない、という趣旨の教えが記されていると紹介されています。共通するのは、若い時期の不自由や敗北を経験し、そこで生き抜く力を養って、人生の後半に春を迎えるという構図です。
人生の三楽——楽しみを3つに分けてみる
益軒は人生を楽しむうえで大切なことを「人生の三楽」として三つ挙げています。一つは自分の道を進み、善を楽しむこと。二つは病気と縁がない健やかな心身の心地よさを楽しむこと。三つは寿命を伸ばし、いつまでも人生を楽しむことです。
ここで注意したいのは、これが「長生きすれば幸せ」という話ではないことです。本書では、心が元気で健やかな状態であることを養生の要とし、心が整っていなければ、どれほどの体力や地位を得ても、どれほど長生きしても満足はできないと説かれます。
富や地位を獲得するゲームとして人生を単純化したほうが動きやすい、という感覚は今もよくあります。ただ、その三つが欠けたままでは、うまく渡れたとしても人生そのものは楽しくならない、という指摘は、効率よく生きることと満たされることが別物だと気づかせてくれます。
心を整える、という最初の一歩
本書は、養生の第一歩は心と気を整えることにある、という立場を取ります。ここから取り出せる行動を挙げてみます。いずれも心を落ち着けるための提案であり、効果を保証するものではありません。
- 一日の終わりに、今日あったことを一つだけ思い出す。良し悪しの判断を付けず、出来事として眺める。
- 気持ちが急いているときは、決断を翌日に延ばす。益軒のいう「勢いだけで行動する」を避ける工夫です。
- 楽しみを三つの種類に分けて書き出してみる。人との関わり、体の調子、これからの時間。どれかが空いていると気づけるかもしれません。
- 長生きそのものを目標にしない。何を楽しみたいかを先に置く。
この考え方が合わない場合
江戸時代の『養生訓』は、当時の暮らしや医療を前提にした書物です。持病の治療や心の不調への対処として読むものではなく、医療の代わりにはなりません。症状が続く場合や日常生活に支障がある場合は、専門の医療機関や相談機関を頼ってください。
また、「心がけ次第で寿命は変わる」という考え方は、病気や障害を本人の心がけの問題として受け取られかねない面もあります。体調や環境は自分で選べない部分が大きく、努力だけで説明できるものではありません。この点は、現代の視点からはっきり線を引いておきたいところです。
まとめ
『養生訓』が今も読まれるのは、長生きの方法が書いてあるからではなく、長く生きることを楽しむための順番が書いてあるからなのだと思います。体より先に心を整える。急がず、後半に備える。楽しみを三つに分けて、どれが欠けているかを見る。今日すぐに試せるのは、最後の一つくらいかもしれません。それでも、自分の心が今どうなっているかに目を向ける時間は、暮らしの見え方を少し変えてくれます。