予想が外れたときだけ、脳は学ぶ
2012年、心理学者たちは205人の大人に一週間、一日に何度も「今何かが欲しいか」を尋ねた。集まった答えは7800件余り。眠りたい、食べたい、誰かと話したい。意外なことに、タバコや酒への欲求は強さでは低い方だった。一方、我慢しようとしても負けやすい欲求の代表が、テレビやインターネットを見たいというものだった。
好きかどうかとは別に、「欲しい」は人を先へ先へと動かす。では、かつて楽しかったことがだんだん楽しくなくなるのはなぜか。1970年代後半、アメリカの心理学者たちは宝くじで高額当選した22人に話を聞いた。当選額は5万ドルから100万ドル。ところが現在の幸せを0から5で聞くと、当選者と当選していない近所の人たちはほとんど同じだった。それどころか、友人との会話や朝食、人に褒められることといった日常の小さな楽しみを、当選者の方が楽しめなくなっていた。ただしこれは22人の小さな研究で、後のスウェーデンの大規模調査では当選者の生活満足は10年以上高いままだった。印は議論中だ。
それでも、人は予定通りのものに慣れていく。1972年に提唱された学習の式は、動物も人も予想が外れて驚いたときにだけ学び、予想通りなら学ばない、と説明する。1990年代、スイスの大学で猿のドーパミン細胞の活動が記録された。光の後にジュースが出ると覚えた猿では、細胞は光で活発になり、予定通りのジュースにはほとんど反応しなかった。来るはずのジュースが来ないと、活動はその時刻にすっと沈んだ。ドーパミンが伝えていたのはご褒美そのものではなく、「思ったより良かった」「思ったより悪かった」という予想と実際のずれだった。
当たるか分からないものが、いちばんやめにくい
2010年、オランダで1500人余りの幸せを調べた研究では、旅行に出る人は出かける前から幸福度が高まっていた。ところが帰ってきた後は、とても休まったという人を除けば、行かなかった人と変わらなかった。楽しみは手に入れたときより、手に入れる前に膨らんでいた。
では、予定通りにならないもの、当たるかどうか分からないものはどうなるのか。1950年代、アメリカの心理学者たちは鳩にボタンをつつかせ、ご褒美の出し方を変えた。鳩の実験では、ご褒美の出し方によって反応が変わった。
- 毎回出る:やめやすい
- 決まった回数ごとに出る:続けやすい
- 何回目か分からない:いちばんやめにくい
休まずにつつき続けたのは、何回目に出るか分からないときだった。しかも餌が出なくなってもなかなかやめない。毎回出ていたときより、ずっとやめにくい。
2009年、イギリスの大学で40人が簡単なスロットで遊んだ。注目されたのは、当たりのすぐ隣で止まる「惜しい外れ」だ。惜しい外れは普通の外れより嬉しくないと答えられた。それなのに、もっと続けたいという気持ちは強くなった。脳の画像でも、当たったときに働く場所が惜しい外れで働いていた。好きではないのに欲しくなる。次の一本が面白いかどうかは見るまで分からず、たまに当たりが来る。何回目に来るかは分からない。これは鳩のボタンとよく似た形だ。手の中の画面で同じことが起きているかは直接確かめられていない。ただ、形がよく似ているという段階だ。
「ドーパミン中毒」「ドーパミンデトックス」という言葉のずれ
「ドーパミン中毒」という言葉をよく耳にするが、これは医学の病名ではない。病名としてあるのはギャンブル障害やゲーム障害だ。薬物依存ではドーパミンを受け取る側が少なくなっていることが分かっているが、スマートフォンや動画で同じことが起きているかはまだはっきりしていない。
「ドーパミンデトックス」も同様だ。刺激を断つと脳のドーパミンが減ってリセットされる、と説明されることがある。しかし、2019年にこの言葉を広めたアメリカの臨床心理士は、ドーパミンそのものを断つのではない、断つことはできない、と書いている。その中身は、つい手が伸びてしまう行動に時間の区切りをつけるという心理療法の技法の一つだった。名前と中身がずれたまま広まっていた。
強い楽しさの後には反対向きの気分が遅れてやってくる、という説明もある。繰り返すほど楽しさは弱まり、反対向きの気分の方が強く長くなっていく。依存症を長く見てきた人たちは、これを快楽と苦しさのシーソーに例える。ただし、心の中に本当にシーソーがあるわけではない。これは説だ。
終わりのない画面と、探し続ける心
なぜ人の心は「かもしれない」にこれほど弱いのか。ここからは確かめようのない昔の話になる。食べ物のありかは季節や年ごとに変わる。思ったより良かった場所を覚え、まだ見ぬ場所を探しに行く。そうした心を持つ動物の方が生き延びやすかったのかもしれない。かつて「当たりかもしれない」は、そう多くはなかった。今は手のひらの中に、それが尽きることなく並んでいる。探し続ける心と終わりのない画面。その組み合わせが、「あと1本」という気持ちを止めにくくしている可能性はある。
朝の電車に戻ると、画面がまた上へ流れていく。その指を動かしているのは気持ちよさではないのかもしれない。次はもっと面白いかもしれない。その小さな期待だ。欲しいと好きは別のもの。最後の一本が楽しくないのに止まらなかったのは、心の仕組みから見れば不思議なことではなかった。
今度、指が止まらなくなったら、心の中で聞いてみるといい。それは好きですか、それとも欲しいですか。ギャンブルやゲームで暮らしに困るほどになったときは、一人で抱えずに専門の窓口を頼ることもできる。