失敗も再現性で「改善点」に変わる
再現性が大事なのは成功だけではありません。なぜか売れない、なぜか集中できない、なぜか話が伝わらない。この状態が苦しいのは、失敗そのものよりも、失敗の条件がわからないことです。条件がわからない失敗は不安になりますが、条件がわかる失敗は改善点になります。
たとえば、作った資料が相手に伝わらなかったとします。文字が多すぎたのか、結論が遅かったのか、相手が欲しい情報とずれていたのか。毎回作り方が違うと、どこが悪かったのかわかりません。でも、ある程度同じ構成で作っていれば、ずれが見えます。「今回は冒頭で迷わせた」「今回は数字が足りなかった」「今回は相手の疑問を先回りできなかった」。こうして失敗はダメージではなく、次の材料になります。
基準があるから、ずれが見える
手術の現場では、小さな確認ミスが大きな事故につながることがあります。世界保健機関(WHO)は手術用のチェックリストを作り、患者は誰か、器具は揃っているか、チーム内で確認は済んでいるかといった項目を毎回確認する仕組みを導入しました。この当たり前の確認を続けることで、手術後の事故や合併症が大きく減ったと報告されています。
ここで大事なのは、チェックリストが人の能力を低く見ているわけではないことです。人間はミスをします。しかも、初心者よりも慣れた人のほうが確認を飛ばすことがあります。慣れは能力であると同時に油断でもあります。だからこそ、毎回やるべきことを仕組みに逃すのです。
毎回違うやり方をしていると、何が原因でうまくいったのかわかりません。逆に、毎回同じようにやっているからこそ、結果が変わったときに異常が見えます。いつもと同じ味なのに今日はまずい。いつもと同じ接客なのに今日は反応が悪い。このとき初めて原因を探せます。基準があるからずれが見え、ずれが見えるから直せます。再現性とは思考停止ではなく、考えるための足場です。
才能を手順に変えると、他人にも渡せる
再現性の面白いところは、才能の正体を少しずつ明らかにしていく点です。料理人の「なんとなくこのくらい」は火加減と時間になり、話がうまい人の「空気を読む」は質問の順番と間になります。もちろん、すべてを完全に分解できるわけではありません。長年の経験が一瞬の判断に圧縮されていることもあります。それでも、再現性を持とうとする瞬間、才能は少しずつ構造に変わります。
「あの人だからできた」「センスがあるからできた」と呼ばれていたものが手順に変わると、他の人にもできる余地が生まれます。自分だけが勝てる人はプレイヤーですが、他人も勝てるようにする人は仕組みを作る人です。仕事で本当に価値があるのは、たまたま一度うまくやることではなく、うまくいく条件を見つけ、言葉にし、別の人でも使える形にすることです。そこまでできたとき、個人の成功は組織の力になります。
今日からできる小さな再現性の習慣
再現性を重視すると、仕事が硬くなると思うかもしれません。でも、おそらく逆です。基準がない人は毎回すべてを考え直さなければならず、疲れるし漏れます。一方、基準がある人は変える場所を選べます。いつもの構成で資料を作り、冒頭だけ変えてみる。いつもの営業の流れで話し、最初の質問だけ変えてみる。いつもの勉強法で進め、復習のタイミングだけ変えてみる。変えた場所が一つだから、結果の理由が見えやすくなります。
今日からできることをいくつか挙げます。
- うまくいった日は、その日の条件を3つ書き出す。前日に何をしたか、何時に始めたか、どこで作業したか。完璧でなくてかまいません。
- 失敗したときは、変えた場所を一つだけ記録する。全部を反省しようとすると続きません。一つだけに絞ると、次の実験がしやすくなります。
- 毎回同じ手順の「型」を一つ決める。資料の構成でも、朝の始め方でもかまいません。型があると、ずれに気づきやすくなります。
- 一度に変えるのは一か所だけにする。複数を同時に変えると、何が効いたのかわからなくなります。
人生を完全に再現することはできません。人間は機械ではないし、世界は毎日変わります。それでも、自分がうまくいく条件を少しずつ知っている人と、毎日を完全な運任せで生きている人では、長い時間の中で差がつきます。再現性とは未来を完全に支配する力ではなく、偶然に支配されすぎないための小さな抵抗です。
一度だけ起きたことは物語になり、二度起きたことは傾向になります。条件を説明できた瞬間に技術になり、他人にも渡せた瞬間に仕組みになります。仕事を良くしたいときも、自分の調子を整えたいときも、最後に残る問いは同じです。それは、もう一度起こせるかどうかです。