5つの習慣を「目的」から読み替える
早起きは「他人の都合が始まる前の時間」を確保する手段
ベンジャミン・フランクリンは朝5時から8時までを身支度やその日の計画、勉強、朝食に使っていたとされます。ただし彼自身、予定表を正確に守る難しさも書いています。仕事や人との約束が増え、相手の都合に合わせる立場になると予定通りに進まなかった。ここから見えるのは、朝5時という数字より、まだ人が尋ねてこない、仕事の依頼も始まっていない、1日の予定が他人の都合へ変わる前に自分で考えられる時間を確保していたことです。
現代なら、メールや電話、会議、家事、家族からの呼びかけが始まる前の時間に近い。要は中断が少なく自分の判断で使える時間があるかどうかです。職場でも邪魔が入らず集中できる時間があるなら、それは夜でも構いません。朝早く起きると1日中眠いなら、早起きは合っていません。測るべきは、その時間に大事な仕事が進んだか、集中できたかです。
読書は「自分の経験だけでは足りない」と気づいた人の外部知識の取り込み
ビル・ゲイツは年間およそ50冊の本を読む人物として紹介されます。月に直せば約4冊です。しかし彼が年に1度、山小屋にこもって本や技術文書を読む「シンクウィーク」を行っていたのは、本をたくさん読むためというより、日々の仕事から離れ、外から入れた知識を自分の判断へつなぐ時間を欲しかったからです。
読書の強さは、他人が何年もかけて考えたことへ入っていける点にあります。自分の経験だけで考えていると、すでに知っている解決法しか出てきません。本には別の時代の失敗や、自分とは違う業界の見方があります。うまく言葉にできなかった問題に、すでに名前がついていることもあります。この働きだけを見れば、媒体は本に限りません。専門家に話を聞く、顧客を観察する、論文や講義を見る、失敗した人と話すなど、自分の外にある知性を使える方法はいくつもあります。
月に10冊読んでも、内容を集めただけで判断が1つも変わらなければ、読書は知的な気分を得る娯楽になりやすい。本を開く前に今知りたいことを1つ決め、読み終えたら以前と考えが変わった点を1つ残し、仕事や生活で何か1つ試す。月に1冊でも、これなら他人の思考を借りられます。
掃除や散歩は「集中と低負荷の往復」を作る時間
掃除には実用的な価値があります。物が減れば探し物も減り、視界に入る刺激も少なくなります。しかし掃除をすれば成功するというのはおかしいでしょう。掃除が仕事に役立つ場面があるとすれば、手を動かしながら複雑な判断をしない時間を作れる点です。目の前の問題を力づくで考え続ける状態から、少しだけ離れられる。
同じ働きが分かりやすいのが、チャールズ・ダーウィンの散歩です。彼は朝に研究を進め、昼になると自宅の庭のサンドウォークを歩きました。難しい問題があると同じ道を何周もしたといいます。ここで注目すべきは、集中して考えた後に問題から少し距離を取る時間が置かれていたことです。一度取り組んだ問題から離れ、頭の余力が残る単純作業を挟むと、その問題へ戻ったときに答えが出やすくなる場合があります。いわゆるインキュベーション効果と呼ばれる考え方です。
ただし、掃除をしながら動画を流し、メッセージを返し、ニュースまで確認していたら、情報の入力は止まりません。部屋は綺麗になっても思考の余白はあまり残らないかもしれません。考えをほぐす目的なら、もっと簡単でいい。何も聞かずに15分歩く、皿を洗う、シャワーを浴びる。その後、さっきの問題へ戻る。大事なのは掃除という形より、集中と低負荷を往復する時間を1日に作ることです。
運動は「能力を長く使い続けるための土台」
作家の村上春樹は長編小説を書いている時期、朝4時に起きて5〜6時間執筆し、午後には10km走るか1500mを泳ぐ生活を続けていたと紹介されます。この反復を半年から1年続けるには精神力と体力の両方が必要だとも話しています。ここから「知的労働者でもスポーツは必須」と結論づけるのは早計です。走れば原稿が出てくるなら、作家は全員ランナーになっています。
長編小説は数日だけ調子が良ければ完成する仕事ではありません。何ヶ月も同じ場所へ戻り集中し、翌日も続きを書く必要があります。村上春樹が向き合っていたのは、一瞬だけ能力を出す問題より、その能力を長く使い続ける問題でした。長く成果を出す人は、仕事の時間だけを見ているわけではなく、その時間に集中力や判断力を使える自分でいられるかも見ています。
同じ運動をする必要はありません。普段走っていない人がいきなり毎朝10km走れば、疲労で本業が進まなくなります。昼休みに20分歩く方が合う人もいれば、睡眠を1時間増やす方が先の人もいます。まず自分の能力が使えなくなる場面を見る。午後になると集中が切れるのか、睡眠不足で判断が雑になるのか、不安や苛立ちを翌日まで持ち越しているのか。そこが分かれば、必要な対策も変わります。運動かもしれないし、短い昼寝かもしれないし、仕事を切り上げる時刻を決めることかもしれません。習慣の連続記録を守るために本業の力を削っていたら、方法と目的が入れ替わっています。
日記は「次の反応の予行演習」
ローマ皇帝マルクス・アウレリウスの『自省録』も、成功者は日記を書くという話によく使われます。この文章は他人へ自分を紹介するために書かれた本ではなく、自分自身へ向けて判断や行動を整えるために書かれたと考えられています。内容を見ると、1日の出来事を保存するだけではありません。同じ考えを何度も言い直し、感情に流された判断を点検し、知っている哲学を実際の行動へ移そうとしています。
知識を持っていても、必要な場面で使えない。そこで日記を書いた。今日何が起きたのか、自分は事実へどんな解釈を足したのか、次に同じことが起きたら最初にどう動くのか。書いていたのは1日の感想というより、次の反応の予行演習に近いものです。
ただ今日の出来事を書くだけでは意味がありません。今日どこで感情的になったか、そのとき何を事実だと思い込んだか、次は最初に何をするか。この3つを明確にして反復することが本質です。日記を毎日書いたという達成感だけが残り、同じ場面で同じ反応を続けているなら、文章は増えても行動は変わっていません。必要なのは、行動の後に自分の経験から次の一手を取り出すことです。家に帰る途中で頭の中で整理しても構いません。日記である必要はないのです。
自分に合う習慣を、目的から作る順番
ここまでの例に共通するのは、先に困りごとがあり、その対策として行動が選ばれている点です。だから真似るなら、行動の形ではなく、その人が何を解決しようとしたかです。自分に合う習慣を作る順番は、次のようになります。
- 今の困りごとを一つ書き出す。「午後になると集中が切れる」「自分の経験だけで判断して失敗した」など、具体的な場面で。
- その困りごとへの対策として、小さな行動を一つ選ぶ。早起き、読書、散歩、運動、振り返りのどれかである必要はありません。
- 1週間だけ試し、成果を確認する。続いた日数ではなく、困りごとが少しでも動いたか、集中できたか、判断が変わったかを見ます。
- 合わなければ、時間帯や方法を変える。朝がつらければ夜、本が合わなければ人に聞く。形にこだわらず、目的に近づく手段へ修正します。
完璧に続ける必要はありません。いつも最高の状態でいる必要もありません。自分が崩れやすい条件と、戻す方法を知っていることのほうが、他人の習慣を再現するより実用的です。習慣の形を揃えることより、その行動が自分のどの困りごとを解決するのかを、時々確認してみてください。