一度見送ると、次の一歩が割に合わなく見える
過去のより良い機会と比べると、今ある機会の価値まで下がって見えることがあります。たとえば半額セールを逃した後、20%引きでは買う気が起きなくなる。最初から20%引きだけを見ていれば買っていた人まで、見送ることがあります。
これは不作為の慣性と呼ばれる現象です。一度動かなかったことが、次に動かない理由になります。老後資金の積み立てを扱った研究では、10年前に始める機会を逃したと意識した人の方が、今から始めにくくなったと報告されています。本当は遅れたなら今日始める必要性は高まっているのに、頭の中では「今さら」という結論を作ってしまいます。
見えない費用を数える
経済学には機会費用という言葉があります。何かを選んだことで選べなくなった別の可能性の価値です。支払う金額は見えますが、そのお金でできた別のことは、わざわざ考えなければ判断に入ってきません。
仕事を続ける費用として見えやすいのは、毎日の疲労や不満です。一方、その3年間で身についたかもしれない能力、参加できたかもしれない仕事、出会えたかもしれない人は見えません。まだ起きていないからです。
Intelのアンディ・グローブがゴードン・ムーアに尋ねたとされる問いがあります。「もし自分たちが会社を追い出され、新しい経営者が来たら、その人は何をするだろうか」。ムーアは「メモリ事業から撤退するだろう」と答えた。それなら一度外へ出たつもりで、自分たちでそれをやればいい、というわけです。
個人でも同じ問いが使えます。「この会社をやめるべきか」ではなく、「今日初めて就職先を選ぶとして、もう一度ここへ入りたいか」。過去に選んだという事実だけで、今日も同じものを選ぶ必要はありません。
待つ時間を「麻酔」にしない
下着ブランド「スパンクス」を創業したサラ・ブレイクリーは、アイデアを思いついてもすぐには仕事をやめませんでした。昼は仕事を続け、その外側で試作品を作り、製造先や販売先を探した。商品を形にするまでおよそ2年かかっています。
回避として待つ時間と、準備として待つ時間は見た目がよく似ています。どちらも今日すぐには動かない。違うのは、その時間に何が増えたかです。準備している間には資金や情報が増え、試作品も改善されます。一方、回避している間に増えるのは経過した日数だけです。
待つべきか迷ったとき、期限だけを決めてもあまり意味がありません。「半年後まで待つ」ではなく、その半年で生活費を貯めるのか、試作品を完成させるのか、安全に離れられる場所を用意するのかを決めます。待った後に未来の選択肢が増えているなら、その時間には意味があります。
痛みの種類を見分ける
2021年の東京オリンピックで、体操のシモーン・バイルズは団体決勝を途中で棄権し、その後の個人種目も見送りました。空中で自分の位置や回転が分からなくなる状態が起きていたためです。トップレベルの体操で方向感覚を失えば、大きな怪我につながりかねません。
出場を辞めれば批判され、メダルの機会も失います。その代償はすぐ目に見えます。一方、競技を続ける代償は、着地に失敗するまで見えません。短期的に痛い方を選べば正しいとは限らないのです。
判断するとき、痛みの強さに加えて「その失敗から戻ってこられるか」を見る必要があります。仕事を変えて合わなければ、もう一度探せるかもしれません。新しい企画が失敗しても、被害を小さく区切れることがあります。しかし重大な怪我や健康への損傷は、簡単には元へ戻せません。痛みには強さだけでなく種類があります。
今日からできる小さな順番
すべてを同時にやる必要はありません。迷っていることがあれば、次のうち一つだけ試してみてください。
- 迷っていることを一つ書き出す。頭の中だけで比べない。
- 「今日初めて選ぶとしたら、同じものを選ぶか」と問う。過去の経緯を一度外して考える。
- 両方の理由を同じ順番で書き出す。「やめたら困ること」を先に考えると、そちら側の理由ばかり増え、反対側を思い出しにくくなります。
- 待つなら、期限ではなく「その間に何を増やすか」を決める。たとえば生活費3か月分、試作品1つ、情報を3件集める、など。
- 失敗したら戻れるか、取り返しがつかないかを分ける。批判や気まずさと、健康や安全への損傷を同じ重さで扱わない。
書き出すこと自体がつらい場合は、信頼できる人に口頭で整理してもらうか、今日は保留と決めて翌日に同じ問いを一つだけ持ち越す方法もあります。個人差があるので、負担の少ない順番で構いません。
何もしないことにも費用はかかります。見えない選択肢を一つずつ数えるだけでも、今日の一歩は少し選びやすくなります。