質問が面接になると、相手は答える作業になる
沈黙を埋めようと質問を並べると、会話は履歴書を読んでいるような時間に変わる。「お住まいはどの辺りですか」「お仕事は長いんですか」。答えは返ってくるが、毎回そこで切れてしまう。情報は集まっても、相手の姿は見えてこない。
人は自分のことを話すときに満足を感じる。ただし、それは話したいことを話せたときの話であって、答えさせられるのとは別だ。質問の数を増やすほど、相手は面接を受けているような疲れを感じる。必要なのは、次の質問を用意することではなく、返ってきた答えにまず反応することだ。「三年目なんですね」と繰り返すだけでも、相手は続きを話せる。集めるのをやめて、反応する方がずっと効く。
自分の話で好かれようとすると、相手は聞き役になる
逆に、自分の仕事や実績を話しすぎると、相手の返事がだんだん短くなる。本人は場を盛り上げているつもりでも、相手は聞き役をやらされている。会話の場面を分析した研究では、面白い話をした人ではなく、自分の話ができた相手に好感を持つ傾向があるとされる。沈黙を失敗だと思うと、埋めようとして話しすぎてしまう。
自分の話を出すこと自体は悪くない。問題は量と一方通行だ。「出張が三回あって疲れました。そちらは忙しい時期ですか」と一行で切り、相手に渡すだけで印象は変わる。相手が話し始めたら「私も」と奪い返さないこと。埋めるのをやめるだけで、会話の質は変わる。
事実ではなく気持ちを聞く
「仕事は何年ですか」で終わらず、「慣れましたか」と聞く。事実の質問の後ろに、感情の質問を足す。これだけで会話は情報交換から、その人の話へと変わる。相手は「ちゃんと聞いてもらえた」という感覚を持つ。感情の話には正解がないから、その人だけの答えが出てくる。
ただし、踏み込みすぎる必要はない。相手が開けた範囲にだけ入ればいい。重い話を掘りに行かず、答えを評価せずに続きを聞く。たとえば「大変ですね」で終わらせず、「一番大変なのはどの辺ですか」と聞く。この一问が言えるだけで、会話の景色は変わる。
言葉にしていないものを拾う
「時間が読めないんですよね」と言われたら、「予定も立てられないし、しんどいですよね」と返す。相手が言った言葉のその先まで、一緒に降りていく。正解を当てる必要はなく、外れたら相手が訂正してくれる。むしろ、読みを外したときに素直に引けるかどうかが大事だ。
「分かりますよ」と言いきらないこと。分かった気になると、そこで止まる。また、拾った後に解決しようとしない。助言を始めると会話は終わってしまう。求められていないからだ。相手の言葉をそのまま使い、その先を一つ足す。それだけで理解の証明になる。
二人だけの文脈が、次につながる
帰り道の数分で生まれた「あの話」は、次に会ったときの入り口になる。会話が続かないのは、話題がないからではなく、相手が話せた実感を持てていないからかもしれない。無理に盛り上げる必要はない。事実の後ろにある気持ちに触れる一问を探す。それだけで、駅までの時間は少し違って見える。