清らかになったはずの人生が、つまらなくなった
札幌農学校でキリスト教に出会った内村は、歴史に残るほどの偉業をしたいという欲望が次第に薄れていったと述べています。むしろ信仰者として、功名を求める心など根こそぎ取り除くべきだ、という気持ちまで芽生えたといいます。
その結果について、彼はこんなふうに振り返っています。人生は以前より清らかになった。だが同時に、つまらなくなった。何か事業を成し遂げたい、この世で一旗あげたい、という気持ちが徐々に失われ、どこか引っ込み思案になった、というのです。
周囲の教師たちは、そうした希望を持つこと自体が欲張りな心だと言いました。けれど内村は、それはそれほど悪い考えではないのではないか、信仰者であっても持つべき考えではないか、と疑問を持ち続けます。
望みを消せば心が楽になるとは限らない、というのがここでの論点です。何かをしたいという気持ちごと手放すと、日々は穏やかになる代わりに、手ごたえも薄くなる。これは受け取り方の一つですが、「清らかだがつまらない」という表現には、そういう感覚が込められているように読めます。
「褒められたい」と「何かを残したい」は同じではない
やがて内村は、自分の心の中に一つの欲望があることに気づきます。この地球に何も残さず死んでしまいたくない、という希望でした。それは、人に褒めてほしいとか、名誉を残したいというものではありません。どれほどこの地球を愛してきたか、どれほど同胞を深く思っていたか、その記念物を置いて去りたい、というものでした。
同じ「何かを残したい」でも、評価されるための欲望と、自分の関心や愛着の証を置いていきたいという欲望は、向きが違います。内村は後者を「清らかな欲望」と呼びました。現代の言葉に置き換えれば、承認欲求と、それとは別の「関わりの証を残したい」という感覚、と言えるかもしれません。
ただし、この区別は講演の中での整理です。人の動機をきれいに二分できるという意味ではありません。実際には、褒められたい気持ちと、誰かに何かを渡したい気持ちが混ざっていることも多いはずです。混ざっているからといって、欲望そのものが汚れているわけでもありません。
自分の内側ばかり見ていると、成長は見えにくい
内村はアメリカのアマースト大学に学んだ時期、学長のシーリーから、君は自分の内側ばかり見ている、もっと外側を見なさい、と諭された、という出来事が紹介されています。たとえとして用いられたのは、植えたばかりの植物の成長を確かめようと、毎日根を抜いて見ている子どもの姿でした。神と日光の力に身を委ね、じっくり成長を待ちなさい、という言葉だったといいます。
考えすぎる癖のある人にとって、このたとえは刺さるものがあります。自分の状態を確認し続けるほど、不安は大きくなりやすい。成長や回復は、確認し続けることではなく、時間や環境に委ねることで見えてくることがあります。
もっとも、これは「考えすぎをやめればいい」という解決策ではありません。内村自身、この言葉を受けてすぐに変わったわけではなく、その後も不敬事件と呼ばれる出来事で全国的な非難を浴び、妻を病気で失い、困窮のなかで書く生活を送っています。1894年に箱根で行われた講演は、そうした時期を経た後のものでした。
では、どう扱えばいいのか
「何も残せていない」という感覚がつらいとき、試せる考え方があります。
- 「何を残すか」ではなく「誰に何を渡したいか」に言い換えてみる。大きな業績ではなく、言葉、習慣、作ったもの、教えたことなど、手渡せる形に目を向けます。
- 褒められる形ではなく、自分の愛着が表れているものを書き出してみる。長く続けていること、つい時間を忘れてしまうことの中に、その人の関心が現れます。
- 今すぐ結論を出さない。「何も残せない」という問いは、答えを急ぐほど苦しくなります。今日は保留にする、という選択も含めてよいと思います。
一方で、この問いが合わない時期もあります。大切な人を失った直後、心身が疲れきっているとき、気分の落ち込みが長く続いているときは、「何を残すか」を考えるより、休むことや支援を受けることが先です。強い喪失感や無価値感が続く場合、それは考え方の問題ではなく、医療や相談の対象になることがあります。一人で抱え込まず、医療機関や相談窓口を頼ってください。
問い方を変えるということ
内村の講演は、何かを成し遂げた人だけに向けたものではありません。むしろ、功名心を否定されて苦しんだ人が、それでも消えない願いを見つけ直すまでの記録です。
「何も残せないまま終わるのが怖い」という不安の正体は、案外、評価されないことへの恐れだったりします。だとしたら、問いを「何を残すか」から「自分は何を愛してきたか」に置き換えるだけで、少し息がしやすくなることがあります。答えはすぐに出なくても構いません。今日は、自分が長く大事にしてきたものを一つ思い浮かべるところから始めてもいいのだと思います。