自分に自信が持てない。何かを始めても長続きしない。人と比べてばかりで、自分の価値が見えなくなる。そんなとき、多くの人は「もっと強い人間にならなければ」と考えます。岡本太郎の『自分の中に毒を持て』で繰り返し述べられているのは、それとは逆に近い立場です。弱さを認め、力んで自分を変えようとするのをやめる。そこからこそ動き出す力が生まれる——という考え方です。
1970年の大阪万博で披露された「太陽の塔」で知られる岡本太郎。その言葉を並べたこの本は、薄く安価な一冊でありながら、よくある自己啓発書とは少し違う手触りを持っています。ここからは、本書で示されている主張と、それを読んだうえでの解釈を分けながら整理していきます。
気の弱さは、隠すものではなく認めるもの
本書の出発点は、「自分は気が弱い」と感じている人への言葉です。自分を責めて気持ちを強くしようとしても、気持ちは強くならない。むしろ「自分はこういう人間だ」と認めてしまったほうが、そこから何かが動き出す、という考え方が示されています。
これは諦めとは違います。弱さを言い訳にして何もしない、という話でもありません。変えられない部分を変えようと格闘するのをやめると、エネルギーが別の方向へ向かう、という整理です。
たとえば、仮の例として。人前で緊張しやすい人が「緊張しない自分になろう」と毎回気合を入れ続けると、うまく話せなかった日に自己嫌悪だけが残ります。「緊張する人間だ」と前提に置いて、原稿を短くするとか、冒頭でそれを一言伝えてしまうとか、別の対処に力を使うほうが現実的です。
「〜してから」を手放す——無条件で生きる
本書で何度も強調される言葉に「無条件で生きろ」があります。意味が掴みにくい言葉ですが、条件づけの癖を指していると読めます。
英語を習いたいけれど今年は時間がないから来年。旅行はボーナスが出てから。ランニングは暖かくなってから。婚活はもう少し痩せてから。こうした「〜してから」は、順番を守っているようで、実際には先延ばしの言い訳になっていることがあります。
少しでも心が動いたら、条件を揃えずに飛び込んでみる。失敗してもいい。やりたいことを力んで探さなくていい。この姿勢を繰り返すうちに、自分の中に燃えるものが見えてくる、というのが本書の主張です。
読書についても、自分自身との対話として勧められています。特に思想的な本や、生き方を問う小説を読んで、自分の運命について考える。手軽なハウツーより、時間のかかる読書のほうが土台になる、という見方です。
三日坊主でかまわない
継続は力なり、石の上にも三年。家庭でも学校でも、続けることの大切さは繰り返し教えられてきました。だから続かない自分を責める。本書は、その前提を一度外してみせます。
続かなかったとしても、始めた瞬間に全力を注いだなら、それは無駄ではない。むしろ「続けられないなら意味がない」という思い込みのせいで、何も始められずにいる人のほうが多いのではないか、という問いかけです。
継続そのものの価値を否定する話ではありません。ただ、続けることを唯一の基準にしてしまうと、始めた事実そのものが見えなくなります。始めた回数を数える、という見方に変えるだけでも、自己評価の仕方は変わります。
他人と比べるから「自信」が問題になる
SNSを開けば、輝いているように見える誰かが目に入ります。比べて落ち込み、自信をなくす。この悩みに対して、本書の立場はそっけないほど率直です。自信なんてどうでもいい、と。
理由も示されています。給料が高い、身長が高い、歌がうまい。そうした評価は、比べる相手がいて初めて成立します。つまり自信の有無は、相対的な物差しの中でしか意味を持ちません。その物差しから降りてしまえば、自信があるかないか自体が問題ではなくなる、という論理です。
代わりに置かれるのが「絶対観」という考え方です。うまくいくかどうか、評価されるかどうかではなく、自分がこれをやると決めたことに全身を向ける。結果は関係ない、という構えです。少し極端に聞こえるかもしれませんが、相対評価に疲れた人にとっては、息がしやすくなる視点ではないでしょうか。
未熟なままでいい、下手なままでいい
「自分は中途半端で、提供できる価値がない」。そう感じている人に向けて、本書は「いつも自分は未熟なのだという前提で、それを平気だと思って生きること」を挙げます。熟すことと熟練は別物だ、という言い方もされています。
芸術でもスポーツでも歌でも会話でも、下手ならむしろ下手のままでいい。うまい人ほど、世間の基準を先に気にして、自分がどの位置にいるかを考えてしまう。基準を無視して、下手なりに決意してやればいい——という考え方です。
これは上達を諦めるという意味ではありません。上達を条件にしないからこそ、今この瞬間の取り組みが成立する、という順序の話です。
この考え方が合わない場面もある
ここまで紹介したのは、心の持ち方についての考え方です。現実の危険や損失が関わる場面には、そのまま当てはめないほうが安全です。たとえば、生活費が足りない状態で「無条件に飛び込む」を仕事に適用すると、立ち行かなくなることがあります。健康や安全、お金に関わる判断では、条件を整えることにも意味があります。
また、気分の落ち込みや不安が長く続いている場合、考え方の工夫だけで抱え込むのは負担が大きいことがあります。医療機関や相談機関など、専門的な支援を選択肢として持っておくことは、この本の考え方と矛盾しません。
日常で試すとしたら
本書の考え方を日々の場面に置き換えるなら、次のようなことになります。
- 「〜してから」と思ったら、今日できる最小の一歩だけをやる(資料を1ページ読む、靴を履いて外に出る)
- 続かなかったことを数えるのではなく、始めた回数を数えてみる
- SNSを見て落ち込んだときは、比べている物差しの正体を書き出してみる
- 「自分は未熟だ」と認めたうえで、今日やることを一つだけ決める
どれも効果を保証するものではありません。合う合わないは人によります。しっくりこないものは手放してかまいません。
おわりに
岡本太郎の言葉が刺さるのは、励ましているからではなく、前提をひっくり返すからです。自信をつけろとも、強くなれとも言わず、弱さと未熟さを出発点に置く。だからこそ、前向きな言葉に疲れてしまった人にも届くのだと思います。変えようとしていた自分を一度脇に置いて、今日どこで心が動いたかだけを眺めてみる。それだけでも、条件だらけの物差しから少し距離を取れるはずです。