昔夢中になったゲームの会社が、いつの間にかなくなっていた。ハドソンという名前を懐かしく思い出す人にとって、2012年の解散は小さくない喪失だった。本記事では、ハドソンが歩んだ道を振り返りながら、当時の作品を今の生活に無理なく取り戻すための具体的な方法を整理する。
まず結論から言うと、懐かしいゲームを楽しみ直すには、遊べる手段を確認し、思い出を記録し、同じ作品を好きだった人とゆるくつながるのが現実的だ。すべてを集め直す必要はない。
ハドソンが熱狂を生んだ理由
ハドソンは北海道で創業した会社で、もともとは無線機ショップから始まった。創業者の工藤兄弟は、兄が最新のパソコンを購入してソフトウェア開発に乗り出し、弟がファミリーコンピュータの可能性を見抜いて家庭用ゲーム事業へ転換した。
1983年にファミコン向けソフト開発へ参入すると、銀行から資金を借りて製造した『ロードランナー』がヒット。その後も『桃太郎伝説』『桃太郎電鉄』『ボンバーマン』『天外魔境』など、多くの人気シリーズを生み出した。
営業として入社した高橋名人は、全国キャラバンで子どもたちにゲームの魅力を伝え、『高橋名人の冒険島』が発売されるほどの人気を集めた。1983年から1988年ごろは、まさにハドソンの全盛期だった。
会社が消えた理由は一つではない
ハドソンの経営が傾き始めたのは、自社ハードの失敗がきっかけだった。NECホームエレクトロニクスと共同開発したPCエンジンは成功したが、後継機として開発したPC-FXは、3Dポリゴンに対応していなかった。同じ時期にPlayStationやセガサターンが3D表現を前面に押し出して売れ行きを伸ばし、PC-FXは出荷台数に対して大きく売れ残った。
さらに1997年には主要な取引銀行が破綻し、資金繰りが急激に悪化した。その後、資本家から資金を集める方針に切り替え、2000年にナスダックジャパンへ上場して立て直しを図ったものの、今度は携帯電話の普及によって家庭用ゲーム市場全体が冬の時代を迎えた。
ハドソンもモバイルネットワーク事業に参入したが、ゲームの売上減少を補うことはできなかった。複数の要因が重なり、2012年に解散という結末を迎えた。
懐かしいゲームを今の生活に取り戻す小さな習慣
ハドソンの作品に限らず、昔好きだったゲームは、会社がなくなっても遊べる場合がある。まずは手元にあるハードや配信サービスで、遊べる作品を探すところから始めると負担が少ない。
遊べる手段を一つだけ確認する
中古のソフトや復刻版、家庭用ゲーム機の配信サービスなど、作品によっては今も入手できる手段がある。ただし、すべての作品が必ず手に入るわけではない。最初から全部を集めようとすると、時間もお金もかかる。まずは「今すぐ遊べる一本」を見つけることだけを目標にする。
思い出を記録する
会社がなくなっても、自分がそのゲームで何を感じたかは残せる。プレイしたときの気持ちや、友達と盛り上がった場面を短いメモにしておくと、あとから読み返したときに当時の熱量を思い出しやすい。スクリーンショットや当時の雑誌の切り抜きを残しておくのも一つの方法だ。
同じ作品を好きだった人とゆるくつながる
SNSやコミュニティで、同じ作品の思い出を語り合うのも楽しい。ただし、熱量の差や知識のマウント合戦で疲れることもある。無理に深く参加せず、気が向いたときに感想を書くくらいの距離感が続けやすい。
合わない場合の代案
ゲームを再びプレイすることにこだわらなくても、当時の資料やプレイ動画を見るだけでも雰囲気は味わえる。コレクションを増やすことより、自分のペースで懐かしさに触れる時間を持つほうが、暮らしの負担にはなりにくい。
ハドソンの歴史を振り返ると、好きだったものが消える理由は、単純な失敗だけではないことが分かる。だからこそ、手元に残せる記憶や、今も遊べる作品を大切にするのが、無理のない向き合い方だ。