心から笑うためには、何が必要なのでしょうか。フランスの哲学者アンリ・ベルクソンが『笑い』で示した答えの一つは、「人間らしさ」と「感情が動いていないこと」でした。おかしさは人の気配があるところに現れ、そして感情が大きく揺れているとき、人は笑えない。これが、笑いをめぐる彼の考察の出発点にあります。
この見方を知ると、笑えない時期の意味が少し変わって見えます。ただし、これは笑えない状態を無理に肯定する話ではありません。笑いをめぐる昔からの議論をたどりながら、感情と笑いの関係を整理してみます。
笑いの正体は、昔からつかみどころがなかった
笑いとは何か。この問いは古代から多くの哲学者が挑んできたテーマですが、簡単には答えが出ませんでした。大笑いもあれば、苦笑い、愛想笑い、照れ隠しの笑いもあります。対象を一つに絞らないと、本質を言い当てるのが難しくなるのです。
ベルクソン以前の主な見方を、簡単に整理しておきます。
- プラトン:笑いは本質的に卑しいもの。自分を賢いと思い込んでいる人の自己認識の欠如を周囲が笑うもので、その奥には嫉妬心がある。
- アリストテレス:笑いは他人を軽蔑し、見下すことから生まれる快感。ユーモアが人を傷つけうる点を考慮すべきだと警告した。
- ホッブズ:笑いの正体は優越感。他人の欠点や失敗を見つけて自分が上だと感じたときに笑いが起こる。ただし本当に優れた精神は、相手を嘲笑から救い出すほうを選ぶという。
- カント:張り詰めた期待が突然無に帰すときに生じる情動。緊張がゆるむことで笑いが起きる、という見方。
前三者は「優越理論」、カントの考えは「解放理論」と呼ばれます。ベルクソンは、これらの説とはまた違う角度から笑いに迫りました。
ベルクソンが注目したのは「人間らしさ」だった
ベルクソンがまず挙げた条件は、おかしさは人間的なものにしか現れない、というものでした。美しい風景を前にして、私たちは感動しても笑いはしません。しかし、動物が人間のような表情や態度を見せると、思わず笑ってしまいます。
帽子を笑う場合も同じです。笑っているのは布や形そのものではなく、それを作った人の思考や、それをかぶろうと思った人の気まぐれです。笑いの対象には、必ず人の気配が含まれているというわけです。
笑いが生まれるもう一つの条件は「無感動」
二つ目の条件は、無感動であること。ここでいう無感動は、冷たいという意味ではありません。感情が大きく揺れていない、落ち着いた状態という意味です。
たとえば、庭でバーベキューをしていた人が、コンロを飛び越えようとして失敗し、体に火がついたと思って地面を転げ回る。そんな映像を思い浮かべてみます。これが笑い話として成立するのは、本当に服へ燃え移ってはいないと、どこかで分かっているからです。もし実際に炎が上がっていたら、私たちは不安や恐怖、憐れみを感じて、とても笑ってはいられません。
2022年のアカデミー賞授賞式で起きた、コメディアンの冗談をきっかけに俳優が壇上で手を上げた出来事も、この点を考える材料になります。冗談の内容が妻の尊厳を深く傷つけるものだったため、その言葉を冗談として受け取ることができなかったのです。感情が強く動いているとき、人は笑えない。ベルクソンは、情動こそが笑いの最大の敵だと考えていました。
さらにベルクソンは、感性が豊かで、どんな出来事にも感情の共鳴を起こしてしまうような心の持ち主は、笑いを知ることも理解することもないだろう、という趣旨のことを述べています。人や出来事を無関心な傍観者として眺められるかどうかが、笑えるかどうかを分ける、という見方です。
「最近笑えていない」と感じるとき、どう考えるか
この考え方に触れると、自分が笑えない理由が少し違って見えてきます。笑えないのは、心が鈍ったからでも、冷たくなったからでもない。むしろ、感情がよく動いているから笑えない、という可能性があるのです。
ただし、ここは慎重に考えたいところです。ベルクソンが言う「無感動」は、感情を持たないほうがよいという意味ではありません。笑いが生まれる条件を説明しているだけで、共感する心の価値を下げる話ではないからです。笑えない理由には、疲れや体調、置かれている環境など、別の要因も考えられます。一つの見方を、自分の状態の診断のように受け取る必要はありません。
もし笑える時間を増やしたいなら、試せることはいくつかあります。誰かの失敗を見たときに「自分はこうならない」と比べるのではなく、少し距離を置いて眺めてみる。コメディーを見るときに、登場人物の事情に入り込みすぎず、傍観者の位置を意識してみる。逆に、誰かを笑いものにする笑いが苦手だと感じるなら、それは自分の共感が働いているサインかもしれません。
なお、ベルクソン自身も、笑いの研究対象を喜劇的なものに限定していました。すべての笑いを一つの理論で説明できるわけではなく、文化や場面によって笑いの意味は変わります。この見方がしっくりこないなら、それも自然なことです。
笑えているかどうかは、心の状態を測る一つの手がかりにすぎません。笑えない時期が続くとき、それを「自分は冷たい」と決めつける前に、感情が動いているサインとして眺めてみる。そのうえで、長く続くつらさがあるなら、専門的な支援を頼ることも選択肢の一つです。