仕事の繰り返しを減らす3つの段階
抽象化が足りない仕事では、具体的な出来事がそのまま人に流れ込んできます。問い合わせ対応を例にすると、返品したい、納期を早めてほしい、請求金額が違う、SNSで不満を書かれている。新人から見ると、これらはすべて「ただの問い合わせ」に見えるかもしれません。
一方、経験を積んだ人は、それぞれを別の軸で見ています。返品なら期限や商品状態、返金方法を。納期変更なら在庫や配送能力、他の顧客への影響を。請求金額の相違なら契約や支払い、経理処理の問題として。SNSの不満なら、外部に広がるリスクとして扱います。具体的な問い合わせを、判断に必要な軸へ変換しているのです。
この変換を自分やチームで使える形にするには、次の3つの段階が考えられます。
- 繰り返し起きている現象を観察する:会議で決まったことが翌週には別の解釈になっている、新人が同じ質問をする、ベテランが同じ説明を繰り返す、といった出来事を集めます。
- 現象に名前をつける:たとえば「属人化」「認識のずれ」「二重入力」「確認漏れ」「意思決定者の不在」のように、繰り返し現れる構造を言葉にします。名前がつくと、不満ではなく改善対象として扱えます。
- 判断の分岐を共有する:上長に確認する基準、経理に回す案件、文面の温度を変える基準などを言葉にします。判断が個人の頭の中ではなく、仕組みの中に残るようになります。
ただし、名前のつけ方を間違えると、かえって問題を隠すことがあります。何でも「コミュニケーション不足」とまとめてしまうと、情報共有が足りないのか、責任範囲が曖昧なのか、意思決定の場がないのか、資料の置き場所が悪いのかが見えなくなり、飲み会を増やすような的外れな対策に向かうこともあります。
良い名前は問題を観察できるようにし、悪い名前は問題を隠します。トヨタ生産方式では、無駄を「作り過ぎ」「待ち時間」「運搬」「在庫」「動作」「不良」のように分類しました。分類があると、現場は無駄を感覚ではなく観察として探せるようになります。分類されていない無駄は個人の疲労として現れがちですが、分類された無駄は改善対象として扱えます。
暮らしの小さな繰り返しにも使える
この考え方は、仕事だけでなく暮らしの繰り返しにも応用できます。たとえば、朝の準備で毎回迷う、探し物が多い、家族から同じことを聞かれる。これらを「忙しい」「自分は要領が悪い」とだけ捉えるのではなく、何が同じ構造で起きているかを分けてみます。
仮の例として、「朝の準備に時間がかかる」を「前日の準備ができていない」「物の置き場所が決まっていない」「時間の見積もりがない」に分けると、対策はそれぞれ変わります。前日の準備なら夜のうちに服や持ち物を決める。置き場所なら定位置を決める。時間の見積もりなら、逆算して準備の開始時刻を決める。名前をつけることで、漠然とした悩みが具体的な行動に変わります。
また、バーコードやコンテナのように、同じ形式に揃えると毎回の確認を仕組みに移せます。たとえば、買い物リストを定番の項目で作っておく、書類や道具の置き場所を固定する、よく使う連絡文をテンプレート化する。こうした小さな抽象化は、毎回ゼロから考え直す手間を減らします。
抽象化で削った違いを忘れない
抽象化は、違うものを比べられるようにする一方で、比べるために何を削ったのかを見えにくくすることがあります。お金は価値そのものではありません。単位は測れない質を軽く扱わせることがあります。たとえば、仕事を数値化すると比較しやすくなりますが、数値にできない工夫や関係性まで見落とさないようにする必要があります。
すべてを抽象化する必要もありません。一度きりの特殊な出来事は、そのまま具体的に扱ったほうがよい場合があります。無理にまとめると、大切な違いを消してしまうからです。抽象化が合わないと感じたら、切り口を変えるか、あえて具体のまま残す選択もあります。
繰り返しの手間を減らすには、まず「何が同じか」を言葉にすることです。完璧な分類を目指す必要はありません。目的に合う切り口を選び、削った違いを意識しながら、小さな繰り返しを一つずつ観察してみてください。