たとえば、金曜の夕方、同僚に「お疲れ様です。今日も頑張ってね😊」と送ったとします。要件だけだと冷たく見える気がして、顔文字を一つ足した。相手は通知を開いて2秒で閉じ、返事はなかった。急ぎでもなく、返す言葉も思いつかなかった。送った側は親切のつもり、受け取った側も嫌な思いをさせたくない。それでもやり取りは止まった。このすれ違いは、絵文字の数だけの問題ではない。
絵文字を減らしても解決しない理由
「おじさん構文」は、絵文字が多い、句読点が独特、語尾が伸びるといった外見で語られがちです。そのため「絵文字を減らせばいい」と言われることもあります。しかし、ある調査では、初対面の相手に同じ内容のメールを送り、ニコニコ顔の絵文字がついているかどうかだけを変えて印象を比べました。すると、温かそうという印象は上がらず、仕事ができそうという評価だけが下がったという結果が出ています。実際の行動でも、その相手に渡す情報の量が減ったと報告されています。
つまり、絵文字を一つに減らしても、硬い場では同じように受け取られる可能性があります。逆に、雑談や親しい関係では絵文字が多くても問題にならないこともあります。量ではなく、その場が形式的かどうかが分かれ目になります。
絵文字が伝えているのは「気持ち」より「場の定義」
絵文字は気持ちを伝える記号と思われがちですが、実際には「私は今ここをこういう場だと思っています」という申告に近い働きをします。同じニコニコ顔でも、硬い業務連絡の中では「この場にふさわしくない」と読まれ、緩い雑談では親しみやすさとして読まれます。送る側と受け取る側で場の認識が違うと、絵文字は意図しない役割を果たします。
たとえば、送る側は雑談のつもりで顔文字を足し、受け取る側は業務連絡として要件だけを読む。すると、絵文字は「なぜわざわざ足したのか」という意図の探求を呼びます。機嫌を取ろうとしている、距離を詰めようとしている、など、送った側が考えていない意味を探されることがあります。
読み取られている3つのこと
おじさん構文と呼ばれるとき、見られているのは主に次の3つです。
- この場をどういう場だと思っているか——形式的な連絡なのに親しげな装飾があると、場の読み違いとして伝わります。
- 足したものにどんな理由があるか——わざわざ絵文字を足したこと自体に意図を読まれます。
- その書き方がどの時代から来ているか——年齢を伏せた日常の文面から、言葉の選び方と絵文字の使い方だけで年齢を当てさせる調査では、ずれが4歳ほどだったという報告があります。絵文字を減らしても、どの絵文字を選ぶか、どこに置くか、句読点の打ち方に世代の痕跡が残ります。
つまり、おじさん構文と呼ばれるとき、読まれているのは内容ではなく、書き方の出身地のようなものです。絵文字を3つから1つに減らしても、1つ残っていれば同じ申告が残ります。逆に、場が合っていれば5つつけても問題にならないこともあります。
実際のやり取りで選べる対応
すべての場面で絵文字をやめる必要はありません。関係性と場の硬さに応じて、選び方を変えるのが現実的です。
形式的な場・初対面・業務連絡では
要件と必要な敬語だけで構成し、絵文字や顔文字は足さない。たとえば、取引先への進捗報告に「😊」を添えると、仕事の評価を下げる可能性があるため、まずは文面だけで伝えるのが無難です。
雑談や親しい同僚とのやり取りでは
相手の文面に合わせる。相手が絵文字を使うなら、同じ系統のものを返すと親しみが伝わりやすくなります。ただし、無理に真似る必要はありません。自分が不自然に感じる書き方は、かえって読み取られます。
判断に迷うときは
最初の一通は装飾を控え、相手の返信を見てから合わせる方法があります。あるいは「このメールは業務連絡として送ります」と明示するなど、場の定義を言葉で補うこともできます。
ただし、相手との力関係や安全面に不安がある場合は、文体を合わせることより、記録を残す、第三者に相談する、返信の頻度を調整するなどの対応が先になります。絵文字の有無だけで関係が修復できるとは限りません。また、年齢差があるからといって、若い人の書き方を無理に真似る必要もありません。
すれ違いを減らすために
おじさん構文と呼ばれる現象は、絵文字の量を減らすだけでは変わりません。大事なのは、その場をどう定義しているか、相手がどう読むか、そして自分の書き方が何を申告しているかを知ることです。すべてを合わせる必要はないですが、「なぜそれを足すのか」を一度立ち止まって考えるだけで、すれ違いは減ります。もし返信が来なくても、必ずしも嫌われたわけではなく、場の読み方が違っただけかもしれません。次のやり取りでは、装飾よりも場の確認を先にしてみてください。