冒頭の問い:性格でも愛情でもない「繰り返し」の正体
結婚式の二次会帰り、誰かが呟く。「あの人、また浮気したらしいよ」。周囲は「まあ正確だよね」と頷き、話題は流れる。浮気はだらしなさや誠実さの欠如、愛情不足という「性格・意思の問題」として語られがちだ。しかし、相手が変わっても同じ人が同じ行動をとる頻度は、単なる印象ではない。アメリカで18〜34歳の未婚者484名を5年間追跡した研究(Knopp et al., 2017)では、前の関係で浮気経験のある人の45%が次の関係でも浮気していたのに対し、未経験者では18%にとどまったKnopp, K. et al. (2017). "Once a cheater, always a cheater?" Archives of Sexual Behavior, 46(8), 2301-2311.。この数字は、「治っていないから」という判決では説明しきれない何かを示唆している。
脳の中では「性欲」「恋愛」「愛着」が別回路で動く
心理学者シャーリー・グラスが不倫経験者に結婚生活を尋ねた調査では、不倫した男性の半数以上が「結婚は幸せだった」と答えたGlass, S. P. & Wright, T. L. (1992). "Justifications for extramarital relationships." Journal of Sex Research, 29(3), 361-387.。「愛が足りないから浮気する」という説明は、少なくとも彼らには当てはまらない。進化人類学者ヘレン・フィッシャーらの提唱する「三つの脳システム説」では、性欲(テストステロン・エストロゲン駆動)、ロマンティック・ラブ(ドーパミン・ノルエピネフリン駆動)、長期的愛着(オキシトシン・バソプレシン駆動)は、脳内で別々の神経回路・神経伝達物質系によって担われると考えられているFisher, H. E. et al. (2002). "Defining the brain systems of lust, romantic attraction, and attachment." Archives of Sexual Behavior, 31(5), 413-419.。別々の回路だからこそ、パートナーへの深い愛着と、別の相手への性的関心が同時に生じうる。これは道徳的欠陥ではなく、進化が組み込んだ機能的分離の副産物と捉えられる。
「だらしなさ」では説明できない人々――行動遺伝学が示す遺伝的影響
仕事はきっちりこなし、約束を守り、友人の相談にも乗る。他の場面では何一つだらしなくないのに、恋愛関係だけで同じ過ちを繰り返す人がいる。フィンランドで7,378組の双子(一卵性・二卵性)を対象とした研究(Zietsch et al., 2015)では、「過去1年間に決まった相手以外と性的関係を持ったか」という項目について、個人差の約6割(男性)・約4割(女性)が遺伝的差異で説明されたZietsch, B. P. et al. (2015). "Genetic and environmental influences on infidelity." Evolution and Human Behavior, 36(5), 379-385.。これは「一人の浮気の6割が遺伝」という意味ではなく、「浮気する人としない人の違いの6割が遺伝的要因に関連する」という集団レベルの遺伝率(heritability)である。同じ家庭で育った双子でも、一卵性では片方がしていればもう片方もしている確率が二卵性より明確に高かった。育てられ方以前の、生まれながらの「絆の作りやすさの幅」が存在する可能性を示している。
バソプレシン受容体遺伝子(AVPR1A)と「絆の作りやすさ」
フィンランドの研究で女性側に関連が見られたのは、バソプレシン受容体(V1a受容体)を作る遺伝子(AVPR1A)だった。バソプレシンは相手との絆形成に関わる神経ペプチドと考えられているWalum, H. et al. (2008). "Genetic variation in the vasopressin receptor 1a gene (AVPR1A) associates with pair-bonding behavior in humans." PNAS, 105(37), 14153-14156.。受容体の遺伝的変異によって、絆が形成されやすいか、緩みやすいかの「幅(帯)」が生じる。スウェーデンの双子552組とそのパートナーを対象とした研究(Walum et al., 2008)では、特定のアレル(334アレル)を2つ持つ男性は、過去1年間に夫婦の深刻な危機や離婚話を報告した割合が34%だったのに対し、持たない男性では15%だった。未婚同棲カップルでも32%対17%の差が見られた。ただし、このアレルを2つ持つ男性でも3分の2は危機を報告しておらず、「なりやすさ」であって「必然」ではない。女性ではこのアレルの関連は出ず、フィンランド研究とは性差のある結果となった。遺伝子は運命ではなく、確率的な傾斜を与えるにとどまる。
手のひらサイズのネズミが教えてくれた「一匹の相手に寄り添う仕組み」
北米の草原に暮らす二種のネズミ、プレーリーハタネズミ(一夫一婦・共同育児)とモンタネハタネズミ(多夫多妻・単独育児)は、見た目も生態もほぼ同じだが、脳内のバソプレシン受容体の分布が決定的に異なる。プレーリーハタネズミでは報酬系(側坐核など)に受容体が豊富で、モンタネハタネズミでは少ないYoung, L. J. et al. (1999). "Increased affiliative response to vasopressin in mice expressing the V1a receptor from a monogamous vole." Nature, 400(6746), 766-768.。ラリー・ヤングらのグループが、モンタネハタネズミのオスにウイルスベクターでプレーリー型の受容体遺伝子を報酬系に導入しただけで、そのオスは同居したメスの隣に留まり続け、見知らぬメスには行かなくなった。心がけを変えたのではなく、受容体が増えただけで「一匹の相手に寄り添う」行動がスイッチオンされた。ヒトの脳にも同型の受容体があり、その数には個人差(幅)がある。先の「帯」の正体は、おそらくこの受容体密度の個人差そのものだ。
プレーリー・ネズミでさえ「巣の外」では浮気する
しかし、プレーリーハタネズミの野外調査では、一つの巣の中に2匹以上のオスの子が混ざっているケースが確認されているOphir, A. G. et al. (2008). "Pair bonding and the brain: the role of vasopressin in social attachment." Hormones and Behavior, 53(3), 473-482.。巣は共にするが、巣の外では別のことが起きている。哺乳類約2,500種を調べた比較研究では、一夫一婦で暮らす種は全体の約9%にすぎず、残り9割はそもそも一夫一婦ではないKleiman, D. G. (1977). "Monogamy in mammals." Quarterly Review of Biology, 52(1), 39-69.。ヒトはその9%側に分類されるが、ネズミでさえ「寄り添う仕組み」は巣の外まで相手を縛らない。一夫一婦の神経基盤は「ペアバンド(pair bond)」の形成を支えるが、性的排他性(sexual exclusivity)まで自動保証するものではない。
一夫一婦は「本能」ではなく「集団で勝つために選ばれた約束」
人類学的データ(Murdock, 1967以降のStandard Cross-Cultural Sample等)では、記録された1,000超の社会のうち約85%が一夫多妻を認めていたMurdock, G. P. (1967). "Ethnographic Atlas." University of Pittsburgh Press.。一夫一婦のみを認める社会は少数派だ。現在の日本のような「一人と一人だけの結婚」は、ヒトの本能がそう決めたのではなく、文化的に後から選ばれた約束制度である。人類学者ジョセフ・ヘンリックらの説明では、一夫多妻社会では有力な少数の男性が複数の妻を持ち、結婚できない若い男性が町に溢れ、争いが絶えない。一夫一婦の約束を持った社会は内部対立が少なく落ち着き、集団間競争に勝ちやすかったため広まったというHenrich, J. et al. (2012). "The puzzle of monogamous marriage." Philosophical Transactions of the Royal Society B, 367(1589), 657-669.。本能に合っていたから広まったのではなく、本能に逆らう方が集団として強かった。約束だから破られることもあり、破られることがわかっていたからこそ、歴史を通じて罰則(バツ)がセットで置かれてきた。
江戸の「首台」から明治の「姦通罪」へ――罰則の非対称性
江戸幕府では妻の浮気相手の男性も処刑され、夫がその場で二人を斬っても罪にならなかった。相手の男性が夫に金を払って命を助けてもらう「首台(くびだい)」の相場は7両2分と決まっており、落語の枕にも「昔真男は七両二分と申しまして」と出てくるほど日常的だった藤野保『江戸の性風俗』岩波新書, 1992.。明治になって姦通罪が刑法に入ったが、これは妻にしか適用されず、夫の浮気は罪にならなかった。帯の幅は男女両方にあるのに、バツは片側だけに置かれていた。この不平等な決まりは1947年まで続き、現在は離婚事由として民法に残っている。形は変わっても、約束の横には常に罰則が置かれてきた。罰則が重いのは、本能が黙って約束に従ってくれないからだ。従うものならバツはいらなかったはずだ。
現代環境が「帯の端の人」を試す回数を増やしている
人は他人の行動を性格で説明したがる(対応バイアス・基本的帰属誤り)。遅刻した人は「だらしない人」、浮気した人は「浮気する人」。自分が遅刻したときは「電車が遅れたから」と状況を先に見るのに、浮気についても同じ目で見ると、「絶対にしない」と言う人の多くは、帯の上での位置と暮らしの形がまだ試されていないだけかもしれない。江戸の長屋は壁が薄く隣の目が常にあり、村では知らない相手がそもそもいなかった。約束を守らせてきたのは本人の心がけより、機会と距離と周りの目という「暮らしの形」だったのではないか。その形が今は大きく変わった。出張があり、飲み会があり、周りの目が届かない時間が一日の大半を占める。ポケットの画面一つで知らない相手と繋がれる。同窓会で昔の相手と再会する。長屋の壁より今の壁の方がずっと薄い。帯の端に生まれた人が同じ場面に立つ回数は、確実に増えている。
結び:意思だけでなく、環境設計という視点を
浮気の遺伝子はない。あるのは「絆の作りやすさの幅(バソプレシン受容体密度などの神経生物学的個人差)」と、それを試す現代環境だ。反省で動くのは心がけだが、帯の上の位置は反省では動かない。暮らしの形が同じなら、同じ場面にまた立つ。「治る・治らない」の話ではなく、「どんな場面に何度立つか」の話だ。あなたが今守っている約束の横にも、形は違えどバツは置かれている。それを支えているのは、あなたの意思だけだろうか。帯の上の位置と、今の暮らしの形がある。この認識は、相手を責める視点から、関係を守るための環境設計(距離の管理、透明性の確保、相互監視の仕組みづくり)へ視点を移すきっかけになるかもしれない。本稿で紹介した知見は集団レベルの統計的傾向であり、個人の運命を決定するものではない。また、遺伝的要因の推定には共有環境・非共有環境の分離や測定誤差等の限界があり、文化・時代による変動も大きい。パートナーシップの悩みやメンタルヘルスの不調がある場合は、専門家(カウンセラー・医師・弁護士等)への相談を検討してほしい。