人手不足のニュースを聞くと、新卒の求人は増えるように思えます。けれど現場では、新卒採用を減らす会社があります。理由は「若い人が不要になった」からではなく、育てる時間と、教える人を確保できないことです。即戦力(入ってすぐ一人で仕事を任せられる人)を求めるほど、新卒を育てる余裕は削られていきます。
新卒の側から見れば、「自分たちは必要とされていないのか」と感じる場面かもしれません。ただ、採用の可否は、あなたの能力だけで決まるわけではありません。会社の時間の余裕という、別の事情が重なっています。
人手不足と新卒採用は、同じ方向を向いていない
人手不足が深刻なとき、会社は目の前の仕事を回すことを優先します。新卒は戦力になるまでに時間がかかります。研修、同行、確認、やり直し。その間、先輩の生産量は落ちます。忙しい時期ほど、この一時的な負担が重く見えるのです。
大阪信用金庫が取引先の中小企業に尋ねた調査として、正社員を採る予定の会社の約8割が主に経験者を採ると答え、新卒は約2割だった、という数字が紹介されています。経験者を選ぶ理由の1位は「新卒の成長を待てない」、2位は「新卒の応募が集まらない」。ここで起きているのは、能力の優劣というより、成果が出るまでの時間を許容できるかという判断です。
もちろん、これは会社の事情をそのまま正当化する話ではありません。ただ、新卒が採用されない背景には、個人の資質とは別の時間の問題が横たわっています。
一番の壁は「教える人がいない」
厚生労働省の能力開発基本調査では、育てるうえでの問題として「指導する人材が不足している」が59.5%で最も多く、「新人がすぐやめる」が51.6%、「育てる時間がない」が45.5%と続いていました。注目したいのは、退職者への不満より先に、教える側の余裕のなさが挙がっている点です。
小さな会社では、この構造がはっきり出ます。仮に、1日に3件の工事をこなすベテランがいる会社を考えてみます。新人が2人入っても、ベテランが説明しながら作業すれば件数は落ち、確認ややり直しも増えます。新人が一人前になる前に、ベテランが疲れて現場を離れることもある。数字の上では人手が増えたのに、会社全体の仕事量は減る。これは珍しい話ではありません。
「見て覚えろ」という指導は、教える時間を節約するための方法です。けれど見るだけでは、なぜその順番なのか、どこで失敗しやすいのかは伝わりにくい。教える側に余裕がないと、この説明の時間が最初に削られます。
経験者を採る会社が増えると、経験者も減っていく
即戦力を採る会社が増えると、一見効率が良くなります。しかし、経験者も誰かが育てた人です。育てる会社が減れば、経験者の供給も細っていきます。畑にたとえるなら、収穫だけをして種を植えない状態です。
さらに、育った人材は他の会社から声をかけられます。給与を上げて引き抜く会社が出ると、育てた会社は「育てても取られるだけ」と感じ、新卒採用をやめやすくなります。個々の会社にとっては合理的な判断でも、業界全体では人手不足を長引かせる。では、誰が育てるのでしょうか。ここに、新卒採用が減る理由の難しさがあります。
すべての会社に当てはまるわけではない
この説明が当てはまらない場合もあります。研修制度が整っている会社、指導役の業務量を調整している会社、長期的に人を育てる方針を持つ会社は、人手不足の時期でも新卒を採ります。また、採用が減る理由が給与の低さや労働環境にある場合、育成時間だけを見ても答えは出ません。
求職者側にとって大事なのは、不採用を「自分の価値が低い」と受け取らないことです。同時に、会社の言葉だけで判断せず、次のような点を質問してみてください。
- 入社後3か月から6か月の業務は、誰と一緒に進めるのか
- 指導役の仕事量は、新人を担当する分だけ調整されるのか
- 一人で現場に出るまでの目安と、確認の手順は決まっているか
- 教える時間が業務として認められているか
これらに具体的な答えがある会社は、少なくとも育成を「余った時間でやる仕事」とは見ていません。逆に、答えが曖昧なまま「現場で覚えて」とだけ言う会社では、あなたが努力しても教わる機会が足りない可能性があります。
現場でできる小さな調整
会社側の工夫としては、指導の時間を予定に入れることが挙げられます。ベテランの件数を一時的に減らす、簡単な作業をチェックリストにする、手順を短い動画に残す、新人にメモを共有してもらう。どれも大きな改革ではありませんが、教える側の負担を可視化できます。
教える側の立場なら、一人で抱え込まずに「この時間がなければ教えられない」と伝えることも必要です。ただし、職場全体に時間を確保する意思がない場合、個人の工夫だけで解決するのは難しいものです。必要なら、上司や人事、外部の相談窓口を頼ってください。
採らない理由を、個人の能力だけにしない
人手不足なのに新卒を採らないのは、新卒が不要だからではありません。目の前の仕事を回すために、成果が出るまでの時間を確保できないからです。そして、その判断が積み重なると、経験者を育てる土台自体が弱くなります。
求職者なら、育成の時間を業務として扱っているかを確かめる。会社側なら、教える時間を「空いたらやること」から「予定された仕事」に変える。できるのは、その小さな見直しからです。すべての会社に同じ答えはありませんが、少なくとも「採らない理由」を個人の能力の問題だけにしないことが、次の選択につながります。