人間的に浅く見える人とは、自分で導き出した答えの数が少ない人です。自分なりに考え、結論をひねり出してきた思考の足跡がある人には、自然と深みが感じられます。逆に、考える手間を省いて表面的な判断ばかりしていると、年齢を重ねても中身が成長しにくくなります。
ここでは、浅く見える人の考え方の癖をいくつかの疑問に分けて整理します。それぞれ、結論・根拠・具体例・限界の順に見ていきましょう。
見出しだけで語るとなぜ浅く見えるのか
結論から言えば、見出しは記事の入り口にすぎず、中身を読まないまま共有や批判をすると「分かったつもり」が早くなるからです。ある研究では、Facebookで共有されたリンク付き投稿3500万件以上を分析したところ、リンクを一度も開かずに共有された割合は約75%でした。さらに別の研究では、記事を共有しただけで、読んでいなくてもその話題に詳しくなった気がしてしまうことが示されています。
たとえば、ニュースの見出しだけを見て「この人は終わった」とコメントし、本文を一行も開かない。YouTubeのサムネイルとタイトルだけで批判的なコメントを書く。こうした行動を繰り返すと、イメージや雰囲気だけで物事を決めつける癖がつきます。ただし、忙しくてすべての記事を読めない人もいます。問題は、読んでいないのに読んだ気になって断定することです。
「そうなると思ってた」と言う人の問題は何か
結果が出た後に「やっぱりね」「言ったでしょ」と言う人は、記憶の中の自分を実際より鋭かったことに書き換えています。これは後知恵バイアスと呼ばれる認知の癖です。ある実験では、大統領の訪問前に学生たちに予想をしてもらい、訪問後に「あの時自分は何パーセントと予想していたか」を尋ねると、実際に起きた出来事について元の予想より高い確率を予想していたと答える傾向がありました。
つまり、迷っていた過去の自分や相手が置かれていた状況をなかったことにして、結果だけで語っているのです。この癖が強いと、失敗から学ぶ機会を失い、大人になっても考えが浅いままになりがちです。ただし、後知恵バイアスは誰にでも起こるもので、悪意があるとは限りません。自覚することが第一歩です。
反対意見を避けると思考はどうなるのか
同じ意見だけを集めると、考えは自分の中で強くなりますが、深くはなりません。考えの深さは、自分と違う視点をどれだけ通ってきたかで決まるからです。ある実験では、賛否が分かれる社会問題について、賞金が低くても自分と同じ意見の文章を選んだ人が63%いました。反対意見を読むと嫌な気分になりそう、考えるのがしんどそうという理由が多かったとされています。
反対意見を締め出す人は、一つの方向からしか物事を見られません。もちろん、すべての反対意見を無理に聞く必要はありませんが、多面的に考えるためには、自分と違う視点に触れる時間が必要です。
血液型で性格を決めつけるとなぜ浅いのか
血液型を話題として楽しむ分には問題ありませんが、本気で人を判断する材料にすると浅くなります。日本の心理学者による日本とアメリカ合わせて1万人以上の調査データの分析では、性格や好みに関する68項目のうち65項目で血液型による差は見つからず、血液型で説明できる性格の違いは全体の0.3%にも届きませんでした。
それでも当たっている気がするのは、当たった場面だけを覚え、外れた場面を忘れてしまうからです。血液型で人を語る人は、目の前の相手を見る代わりに4つの箱のどれかに簡単に入れて、分かった気になっています。人を理解する努力の手間を省くほど、人間理解は浅くなります。
一度のミスで人を決めつける危うさは何か
一度の遅刻で「だらしない人」、会議で答えられなかっただけで「仕事ができない人」と決めつけるのは、その人が置かれた状況を無視しています。スタンフォード大学のクイズ実験では、答えられなかった学生が自分は相手より物知りではないと思い込みましたが、実際には成績はほぼ同じでした。答えられなかったのは、たまたま不利な役割に当たっただけだったのです。
日常でも、遅刻は電車が止まっただけかもしれませんし、レジで手間取った店員は今日が初日かもしれません。見えた一瞬をその人の全部だと思うことは、人を見る目が浅い典型です。ただし、同じ失敗が繰り返される場合は注意が必要です。一度だけで判断しないことが大切です。
人の苦労を「甘え」で片付ける心理とは
過去の苦しみの痛みは忘れやすく、残るのは「自分は乗り越えた」という事実だけです。そのため、自分にできたのだからできない方がおかしいと考え、人の苦労を甘えと決めつけてしまいます。ある研究では、真冬の冷たい水に飛び込むイベントで、飛び込み終えた人の方が、怖くて飛び込めなかった人に対して思いやりが軽く、軽蔑する気持ちが強かったと報告されています。
飛び込む前は同じように怖かったはずなのに、乗り越えた途端にその恐怖を忘れてしまうのです。人間的に深い人は、人の痛みを想像する力を持っています。ただし、すべての苦労が同じではなく、甘えが存在しないわけではありません。決めつけずに状況を想像することが重要です。
難しい言葉を使うと賢く見えるのか
簡単に言えることをわざと難しく言い直しても、賢く見えるどころか逆効果です。プリンストン大学の実験では、文章の単語を難しく入れ替えるほど、書き手を合格させたいという評価が下がりました。伝えている内容は同じでも、読みにくい文章は読む側に余計な負担をかけ、その引っかかりが書き手の評価に跳ね返ります。
深く分かっている人ほど、多くの人に伝わる言葉に翻訳して話します。専門用語が必要な場面はありますが、不必要に言葉を飾る人ほど、客観的に見ると浅く見えがちです。
「あれくらい自分もできる」と言う人の問題は何か
スポーツ中継を見ながら「今のは決めないとダメでしょ」、料理動画を見て「これなら簡単そう」、人のプレゼンを見て「あれくらい自分でもできる」と言う人は、実際にやっていないのにできる気になっています。その自信は、体験に裏打ちされたものではなく、見ただけの印象から来ています。
実際にやってみると、見るのとやるのとでは難しさが大きく違うことが少なくありません。脳内だけの達人になると、挑戦する前から分かった気になり、学びが止まります。ただし、前向きな挑戦の言葉と、根拠のない過信は区別する必要があります。
ここまで見てきたように、浅く見える人の多くは、考える手間を省き、目に見える一部だけを全体だと思い込んでいます。反対に、深みを感じさせる人は、自分で考え、違う視点を通し、相手の状況を想像するプロセスを大切にしています。すべての癖をすぐに直す必要はありませんが、自分がどの考え方の癖に当てはまるかを点検すると、中身を成長させるきっかけになります。