会社が最高益なのに、自分の給料はほとんど上がらない。この違いはどこから生まれるのでしょうか。短く答えると、会社の利益が増えても、その増えた分が自動的に給料へ回る仕組みにはなっていないからです。利益は、株主への配当、内部留保、設備投資、役員報酬など、いくつかの方向に分けられます。その配分の仕方が、この30年で変わってきたことが、給料が上がりにくい背景の一つにあります。
会社の稼ぎは「ケーキ」のように切り分けられる
会社の稼ぎを一つのケーキに例えると、切り分け方はいくつかに分かれます。働く人の給料、役員の報酬、株主への配当、会社の貯金にあたる内部留保、工場や機械への設備投資などです。この切り分け方を見ると、ケーキ全体が大きくなっても、働く人の取り分が同じ割合で増えるとは限らないことがわかります。
仮の例として、ある部品工場の主任の物語を手がかりにしてみます。年収520万円の主任が、会社の最高益11億4514万円、内部留保364億3640万円という数字を見て、「自分の給料はこのケーキのどこから出ているのか」と疑問に思う。そんな場面です。彼の会社では、30年前と比べて利益の切り分けが大きく変わり、働く人の給料の割合は1割ほどしか増えていませんでした。
これは一つの架空の例ですが、現実の集計にも似た傾向があります。資本金10億円以上の企業で1997年度と2024年度を比べた数字として、利益は約4.5倍、配当は約9.7倍、内部留保は約4.1倍になった一方、従業員に払った給料の合計は約1.1倍、設備投資は約1.0倍だったというものがあります。これは国会答弁で示された数字として紹介されています。つまり、ケーキ全体は大きくなったのに、働く人の分は1割ほどしか増えていないということです。
給料が上がらない背景には、会社の「怖さ」もある
給料が上がらない理由を、会社や経営者の怠慢だけにすると、見えなくなるものがあります。経営者にとって、給料は一度上げると下げにくいものです。景気が悪くなったときに払えなくなるリスクを考えると、上げる判断には慎重にならざるを得ません。実際、1997年の金融危機、2008年のリーマン・ショック、2020年のコロナ禍など、会社が存続の危機に直面する場面は繰り返しありました。
仮の例として、社長が「次の不況で給料を払えなくなったら終わりだ」と考え、内部留保を厚くする一方で、社員は「会社は儲かっているのに自分たちには回ってこない」と感じる。そんなすれ違いが起きることがあります。会社が生き残るための判断として内部留保を積むこと自体は、不合理ではありません。ただし、その判断が長く続くと、働く人の不信感や疲労が蓄積していきます。
また、株主から配当を増やすよう求められることもあります。給料を上げなくても人が辞めなかった、という状況が、経営判断を変えにくくする面もあったでしょう。これは善悪で割り切れる話ではなく、会社を取り巻く条件と、その時々の選択が重なった結果です。
日本の給料は、30年でどう変わったか
個人の会社だけでなく、国全体の傾向も見ておくと、自分の置かれた状況を整理しやすくなります。OECDという国際機関の比較では、物価の差を揃えた一人当たりの平均給料は、1991年には日本の方がイギリスや韓国より高く、ドイツとも1割ほどの違いでした。それがその後30年で、日本は2.5%減り、ドイツは35%、イギリスは47%増え、韓国は約2倍になりました。
日本が世界4位と言われるのは、国全体の稼ぎであるGDPの順位であって、一人当たりの給料の順位ではありません。ケーキの大きさは世界4位でも、一人ひとりの取り分は同じようには増えていない、ということです。
春闘の賃上げ率も、2002年は1.66%、2013年は1.80%と低い水準が続きました。最近は3.5%といった動きも出ていますが、この数字には年齢による昇給分が含まれていることに注意が必要です。実際、45歳の主任の基本給が20年で2400円しか上がっていない、という例も物語の中では描かれています。毎年もらっていた「昇給」が、実は年齢による段階の移動だった、という可能性です。これは一つの例であり、すべての会社に当てはまるわけではありません。
「自分の給料が上がらない」と感じたとき、どこを見るか
給料が上がらない状況に、不公平感や置いてけぼり感を覚えるのは自然な反応です。自分の仕事が軽んじられているように感じたり、このままでいいのかと不安になったりすることもあるでしょう。その感情を「自分が弱いからだ」と処理する必要はありません。まずは、自分の給料がどう決まっているのかを確かめることから始められます。
試せる行動として、次のようなものがあります。
- 給与明細と賃金表を確認する。基本給が上がっているのか、年齢による昇給だけなのかを区別してみる。
- 会社の決算短信や有価証券報告書で、利益、配当、人件費、内部留保の推移を見る。会社が儲けをどこに回しているのか、大まかに把握できる。
- 労働組合や人事に、賃金制度の考え方を尋ねる。聞きにくいかもしれませんが、制度の説明を受けることは正当な権利です。
- 転職市場で自分の市場価値を確認する。今の会社の給料が妥当なのか、別の選択肢があるのかを知る手がかりになる。
ただし、これらの行動がすべての人に有効とは限りません。会社が赤字で、給料を維持するだけで精一杯という場合もあります。小規模企業では、内部留保が十分にないこともあるでしょう。業界全体が縮小していて、個人の努力だけでは変えられない構造的な問題が背景にある場合もあります。そのときは、給料の額だけで自分を評価しないことや、専門的な支援を求めることが大切です。
仕組みを見ることで、自分を責めずに考える
会社の利益と自分の給料は、自動的にはつながっていません。だからこそ、自分の給料がどう決まっているのかを知ることが、不安や怒りを整理する第一歩になります。会社を責めるでも自分を責めるでもなく、まずは仕組みを見る。その上で、動ける範囲で選択肢を考える。すべての人が同じ状況ではないことを前提に、自分の場合はどうなのかを確かめてみてください。