グッズを求めて列に並んでいたら、ベビーカーを押した親が一人一回の制限を無視して横から割り込んできた。そんな投稿がSNSで話題になると、「子連れ様」「ベビーカーがあるから無敵だと思っている」といった批判が並ぶ。その多くが独身女性らしきアカウントからだったという点に、この問題の根の深さがある。
男性も同じように列の割り込みや騒音に遭っているはずなのに、なぜ女性同士の不満がこれほど強くなるのか。そこには2010年代から続く、独身女性と母親の生活圏の変化がある。
列に割り込まれたとき、とっさに言い返すか、黙ってやり過ごすか。どちらが正解というわけではない。相手が子連れかどうかに関係なく、マナー違反はマナー違反だ。ただ、安全面とその場の目的によって選べる対応は変わる。たとえば、相手が興奮している、ベビーカーでこちらにぶつかりそうな距離にいる、周囲に誰もいないといった場合は、無理に関わらないほうがいい。逆に、店員が近くにいるなら、その場で「順番はこちらで並んでいます」と伝えるか、店員に状況を伝えて対応を任せる選択もある。
2010年代から強まった「子持ち様」という言葉
「子持ち様」「子持ちファースト」という表現がSNSで使われ始めたのは2010年代中盤ごろ。2023年には、子どもの高熱で同僚が休み、自分の仕事が1.3倍になったという投稿が大きく拡散された。以降、似た投稿が繰り返され、ベビーカーの騒音やマナーの悪さをめぐる言葉が飛び交うようになった。
ここで気になるのは、不満の声の多くが女性から上がっていることだ。職場で同僚が休めば男性にもしわ寄せが来るし、公共の場で騒ぐ子どもに遭遇するのも男性だけではない。それでも女性の声が強いのは、単に被害の大小ではなく、ライフステージの違いによる価値観の断絶が背景にあると考えられる。
独身女性・子持ち女性・既婚子なし女性の三つの分断
社会学の研究では、近年女性の分断が起きているという報告が複数ある。子どもを持つかどうか、結婚しているかどうかで生活の中心が変わり、価値観も大きく異なるため、独身女性、子持ち女性、既婚で子のいない女性という三つのグループの衝突がSNSで可視化されやすくなっている。
以前は、子育て中の女性と独身のキャリア女性の生活圏はそもそも交わらないとされていた。ところが、アニメやグッズ、推し活のブームによって、大人と子どもが同じ作品や場所を好きになるようになった。おもちゃ売り場やキャラクターイベントに、若い女性と子連れの親が同時に集まる。生活圏が重なったことで、以前なら起きなかった小さな揉め事が増えている。
子ども中心の社会ではなくなったことで起きていること
少子化が進み、公園が減り、外で遊ぶ場所も少なくなった。子どもが好きな場所には大人もたくさんいる。つまり、子どもの生活圏そのものが縮小している。すると、本来なら子ども同士の間で起きて吸収されていたトラブルが、大人の世界に流れ込んでくる。
たとえば、カフェで親が一休みしている間に子どもが騒いだとする。以前は「子どもだから」と流されていたことが、今は珍しいノイズとして認識され、「しつけがなっていない」とSNSで批判される。社会全体から子どもへの許容が消えていると感じる場面は少なくない。
仮定の伝え方と、SNSに投稿する前の区別
もしその場で声をかけるなら、相手の属性を持ち出さず、事実だけを短く伝えるのが現実的だ。仮の例として「列はこちらで並んでいます。お子さん連れで大変かもしれませんが、後ろに並んでいただけますか」という言い方がある。ただし、この言い方がすべての場面で通じるわけではない。相手が聞く余裕のない状態なら、伝え方よりも距離を取ることが先になる。
もう一つ、SNSに投稿する前に区別したいのは、「マナー違反への怒り」と「子連れという属性への嫌悪」だ。列の割り込みや騒音は具体的な行動の問題だが、そこに「子持ちは偉そう」「ベビーカーは無敵だと思っている」という属性への決めつけが混ざると、自分自身の気持ちも長く引きずりやすくなる。
母親への敵意は、その家庭の空気になって子どもに返る
SNS上で分断が進むと、次に同じ場面を見かけたら言い返してやろうという気持ちが強くなることもある。しかし、公共の場で母親に向けられた敵意は、その家庭の空気になって子どもに返っていく可能性がある。子どもは親の表情をよく見ている。親が不機嫌になれば、その空気を子どもが受け取る。
これは、すべての親子に当てはまる話ではないし、マナー違反を無条件に許せという意味でもない。ただ、子連れの親と衝突する前に、その場の空気が誰に影響するかを一度考える余裕は持っていたい。ある程度のラインまでは少しだけ許し合える空気が残っているほうが、子どもにとっても過ごしやすい。
自分のラインを決めておく
独身女性と母親の分断は、個人の性格の問題ではなく、生活圏の重なりと社会の余裕のなさから起きている部分が大きい。だから、自分が子連れにイライラしたとき、その背景を思い出すと、少しだけ距離を取れることがある。
- その場で言うか、店員に任せるか、黙って離れるかを、安全面で選ぶ。
- 声をかけるなら、属性ではなく具体的な行動に絞る。
- SNSで属性を叩く投稿をする前に、何が不快だったかを一つずつ分ける。
- 相手が子連れかどうかで判断せず、マナー違反の内容で判断する。
すべてを許す必要はない。ただ、相手の属性への嫌悪を強めるより、個別の場面で自分がどう動くかを決めておくほうが、気持ちの消耗は少なくなる。
独身女性と母親の間の分断は、2010年代から少しずつ形を変えながら続いてきた。生活圏が重なり、子どもへの社会全体の許容が減ったことで、小さな衝突が目立つようになっている。その中で、属性への嫌悪ではなく、その場ごとの対応を選ぶことは、自分と周りの空気を守る現実的な方法になる。