定年後の一人時間は、待っていても自然に楽しくなるものではありません。予定を自分の意思でひとつずつ置いていくことが出発点になります。ただ、それだけでは足りない場合もあります。自分の時間が、誰かの時間を削ることで成り立っていないか。定年後の孤独を描いた物語には、この二つの論点が重なる場面があります。
予定が真っ白なカレンダーが映していたもの
物語の主人公は、機械メーカーに40年勤め、営業部長として定年を迎えた男性です。現役時代は手帳の予定が埋まり、朝から晩まで取引先を回る毎日でした。ところが退職して半年、カレンダーの予定欄は空白のままです。
その空白を指摘したのは、立ち寄った娘でした。「お父さんの予定の欄、全部真っ白じゃん」。主人公は昔の話を持ち出して見栄を張りますが、返す言葉が出てきません。リビングのソファから動かない日が続き、妻が散歩を勧めても、強い口調で突き放してしまいます。
整理した引き出しからは、大量の古い名刺が出てきます。かつては一日に何本も電話が鳴っていた。しかし着信履歴をたどると、最後の一本は退職の挨拶をした部下からのものだけでした。ここで主人公は、あの電話は自分の名前ではなく「営業部長」という肩書きにかかっていたのだと気づきます。
役割と自分の輪郭が重なっていると、役割を失ったときに輪郭を見失いやすくなります。これは特別な人の話ではありません。物語の中では、退職者の相談に乗っていた人事部の同期でさえ、退職の翌日に駅前のベンチで4時間座り続けていたと打ち明けています。
「暇が最高」という言葉の意味
その同期は、主人公にこう言います。暇な毎日は最高だと。主人公は一瞬、意味が飲み込めませんでした。暇を「耐えるもの」として扱うか、「楽しむもの」として扱うか。この違いが、退職後の時間の質を大きく変えます。
同期は、家で見つけた古い本を渡します。そこには、定年後の一人時間を楽しむための提案が順位をつけて並んでいました。主人公は半信半疑で、一つずつ試していきます。
小さく始めて、続く形に調整する
最初に試したのは、大股で朝の散歩をすることでした。張り切って1時間半も歩いた結果、両足がつって階段を後ろ向きに降りる羽目になります。数日休んだあと、息が上がらない程度に距離を短くして再開すると、40年間見落としていた街並みが目に入るようになりました。無理をやめた途端、翌朝も歩きたいと思えるようになったのです。
次は、行き先を決めずに写真を撮るという提案です。ところが、目的もなく歩くことに体が動きません。最短距離で目的地へ向かう働き方が身についていたからです。そこで主人公は100円玉を弾き、表なら右、裏ならまっすぐと、行き先を硬貨に決めてもらうことにしました。その結果、通勤路のすぐ裏手にあった古い石段に出会います。
平日の午前中に映画館の一番いい席に座る、という提案もありました。交通費を除いた予算500円で知らない土地へ行く、という提案では、路線バスの終点で180円のコロッケパンを買い、公園のベンチで食べます。急いで流し込む昼食が当たり前だった日々との対比が、ここに置かれています。
どれも特別な設備や費用は要りません。共通しているのは、小さく始め、続かないと感じたら形を変えるという姿勢です。散歩の距離を縮める。行き先を決めない時間を短くする。合わなければ、その提案は手放してかまいません。
一人でいることの気恥ずかしさについて
映画館の場面では、主人公は「連れは後から来る」と嘘をつきます。帰りに元部下と会ったときも、待ち合わせだと取り繕ってしまいました。一人で映画を楽しむことの何が恥ずかしいのか、と自分でも訝ります。
周囲の目は、想像の中で膨らみやすいものです。とはいえ、一人の時間を平気で過ごせるかどうかは人によります。気恥ずかしさを無理に克服する必要はありません。人の多い時間帯を避ける、短時間で切り上げるといった調整も選択肢になります。
自分の時間は、誰かの時間の上にあることがある
物語で最も重いのは、出汁から味噌汁を作る場面です。主人公は自分のために味噌汁を作り、妻の分もよそってリビングへ運びます。しかし台所には、鍋も昆布の袋もまな板も散らかったままでした。帰宅した妻は台所を一目見て表情を凍らせ、「そういうところなのよ」と静かに言います。
そして、40年間のことを話し始めます。あなたが飲み歩くお金のために習い事を諦めた。夕飯の時間は毎日あなたの帰りに合わせて待っていた。友達との旅行は、休みが読めないから全部断った。「言ったわよ。何度も何度も。あなたが全部聞き流して覚えてないだけ」。主人公は、その間の返答にあったわずかな間の意味を、この時点ではまだ理解していません。
一人時間を楽しむこと自体は、誰かを犠牲にする理由にはなりません。逆に、これまで自分が自由に使ってきた時間を、誰がどんな形で支えてきたのかに目を向ける必要があります。ただし、これは物語の中の一例です。家事の分担も、時間の使い方も、家庭ごとに事情が異なります。すべての家庭が同じ構図だと言うつもりはありません。
今日から試せること
- 予定をひとつだけ、自分の意思でカレンダーに書き込む。15分の散歩でも構いません。
- 張り切りすぎて体を痛めたら、距離や時間を短くして再開する。
- 行き先を決めない時間は、短い時間から始める。決められなければ、硬貨やさいころに委ねるのも一案です。
- 家のことを引き受けるときは、片付けまでをセットにする。
- 相手がこれまで何を調整してきたのか、言い争いではなく一度聞いてみる。
一方で、家族と離れて暮らしている、すでに家事を分担しているなど、この内容が当てはまらない状況もあります。当てはめようとして苦しくなるなら、いったん手放してください。気分の落ち込みや孤立感が長く続く場合は、専門の相談窓口や医療機関に相談する選択肢もあります。
予定の空白は、埋めるものではなく描き直すもの
定年後の一人時間は、空白を埋める作業ではありません。肩書きを外したときに残る自分の輪郭を、あらためて描き直す作業です。そしてその輪郭は、知らないうちに誰かの時間の上に描かれていることがあります。
まずはカレンダーに一つ、自分で決めた予定を書き込むところから。それが続くかどうかは、やってみてから調整すれば十分です。