「月10万円あれば十分に暮らしていける」。そう言い切れる人がいる一方で、月10万円では家賃だけで消えてしまう人もいます。同じ金額なのに、なぜここまで差が出るのか。答えのひとつは、節約の技術よりもその10万円に何が含まれているかにあります。生活費の全部が10万円なのか、それとも10万円が自由に使えるお金なのか。ここを確かめずに「10万円で暮らせる」と語ると、話がかみ合わなくなります。
「お小遣いの10万円」と「生活費の10万円」
仮の例として、25歳のAさんとBさんを考えてみます。Aさんは実家暮らしで、スーパーのアルバイトによる収入が月10万円。スマートフォンは格安プラン、服は古着、遊びは図書館と公園、飲み物は家の麦茶。本人にすれば「欲しいものは何もない」生活です。
Bさんは一人暮らしで、手取りはやはり月10万円ほど。家賃3万2000円、電気・ガス・水道で9000円、食費2万4000円、通信費1000円、日用品5000円。そこに健康保険と年金が給与から引かれます。Bさんの10万円は、生きているだけで消えていく10万円です。
金額は同じでも、Aさんの10万円は「使えるお金」、Bさんの10万円は「生きるためのお金」。この違いは、節約の努力では埋まりません。暮らしぶりだけを見て「私にもできそう」と思う前に、自分の10万円がどちらなのかを確かめる必要があります。
「130万円の壁」——働いても手元が増えにくい区間
実家暮らしの人からよく聞くのが、親の健康保険の扶養に入れる範囲に収める、という働き方です。一般的に、扶養に入れるのは年収130万円未満(19歳から22歳までは150万円未満)とされています。超えると自分で国民健康保険と国民年金に加入し、保険料を払うことになります。
ここで仮の試算をしてみます。年収を120万円から132万円に増やしたとしましょう。増えた12万円に対して、国民健康保険料と住民税で10万円以上が引かれる場合、手元に残るのは1万円台です。労働時間に直せば、100時間働いて1万円少々。時給に換算すると、とても割に合うとは言いにくい金額になります。
ただし、保険料は自治体・所得・世帯構成で大きく変わり、税制や社会保険の基準も毎年見直されます。この試算は考え方の一例であって、あなたの金額ではありません。自分の場合はいくらになるのかを、自治体の試算や勤め先の窓口で確かめる必要があります。
時給が上がると、働く時間を減らす人がいる
時給が1200円から1300円に上がったとします。素直に働けば年収は壁を超えてしまうので、シフトを月に1時間ほど減らし、年収を元の水準に戻す。時給は上がったのに、受け取る金額はほぼ変わりません。
短い時間で同じ収入を得るのは、悪い話ばかりではありません。自由な時間は増えますし、体力的な負担も減ります。ただ、経験を積む機会や、急な出費に備える余力は、その分だけ伸びにくくなります。壁の内側は快適ですが、快適さの代わりに、少しずつ選択肢が狭くなっている感触もあります。
「選んだ0円」と「誰かが払っている0円」
家賃が0円の暮らしにも、いくつか種類があります。自分で選んで0円にしている人と、家族の家に住んでいるから0円の人。前者は雨漏りを直し、水を運び、その手間とリスクを自分で引き受けています。後者は快適ですが、誰がその0円を払っているのかが見えにくい。
仮に、実家の暮らしで外に出ている費用を書き出してみます。家賃相当3万5000円、光熱水道1万円、自分の分の食費2万5000円、通信費と日用品5000円、健康保険料に換算して月6000円ほど。合計すると8万円前後になります。月10万円の生活に、8万円の「付録」がついている状態です。
この付録は、請求書として届きません。だから自分の支出として数えられないまま、月10万円という数字だけが独り歩きします。そして付録のほうが本体より厚いことも、珍しくありません。
その土台は、いつまでも同じではない
実家の0円は、契約書のある0円ではありません。親の収入、健康、住まい、そして関係性の上に成り立っています。役職を外れて給料が2割下がる、病気で働けなくなる、家を手放す。どれも珍しい話ではありません。
「今の10万円で足りている」は、「今の条件なら足りている」と言い換えられます。条件が動いたときに、どこまで自分で支えられるのか。それを知っておくことが、金額の多寡より役に立つ場面があります。
今日から数えられること
- 毎月出ていくお金を、自分が払っている分とそうでない分に分けて書き出す
- 実家にいるなら、家賃・光熱費・食費・保険料を一人暮らし相当で一度試算してみる
- 扶養や保険料の条件は、勤め先・自治体の窓口や公式サイトで確認する(税法と社会保険で基準が異なります)
この話が当てはまらない人もいます。すでに一人暮らしをしている人、家庭の事情で実家にいられない人、扶養に入れない人にとっては、前提が違うからです。当てはまらないことを焦る必要はありません。
生活そのものが苦しい場合は、自治体の生活相談窓口や、社会保険労務士などの専門家に相談する選択肢があります。ひとりで計算し続ける必要はありません。
「月10万円で暮らせる」という言葉が示しているのは、金額の少なさへの耐性だけではありません。その10万円の外側に何が置かれているか。そこまで見えると、自分の暮らしがどこに支えられているのかが、少し具体的になります。支えられていること自体は、恥ずかしいことでも甘えでもありません。ただ、見えていないものを、見えていることにしないでおく。それだけで、条件が変わったときの動き方は変わります。