40代に入ってから、「毎日は穏やかなのに、人生が前に進んでいない気がする」と感じることはないでしょうか。仕事も生活も大きな問題はない。それでも、朝はアラームで起き、同じ道を通り、同じ昼食を選び、同じ時間に眠る。その繰り返しに、どこか物足りなさが混ざる。
この感覚の答えを先に書いておきます。原因は怠けではなく、「自分で選ぶ場面」が日常から静かに消えていくことです。そして、変えるべきは人生全体ではなく、1日の中にひとつ、「自分で決めた」と言える瞬間を戻すこと。順番に説明します。
「消化試合」という言葉が言い当てているもの
スポーツで、勝敗が決まったあとの残り時間を流すだけの試合を「消化試合」と呼びます。やっても意味を感じにくいのに、終わることもできない時間です。
日常に置き換えると、こうなります。6時30分にアラームで起き、7時15分に家を出て、12時に昼食、18時に退勤、22時に入浴、23時30分に就寝。平日5日間、すべて同じ。コンビニでは特に食べたいものもなく、いつもと同じ棚の同じおにぎりを手に取る。選んでいるのではなく、繰り返しているだけです。
この状態が厄介なのは、苦しくないという点です。つらければ気づけます。しかし穏やかすぎると、変化の必要性に気づけません。
なぜ40代で起きやすいのか
20代、30代は、就職、転職、恋愛、結婚など、自分で決める場面が次々に訪れます。迷いながらも、選ぶ機会そのものは豊富にあります。
ところが40代になると、そうした大きな選択が一通り終わり、次に自分で決める場面が急に減ります。しかも毎日は不快ではない。だからこそ、停滞に気づきにくくなります。
年齢と幸福度の関係についても触れておきます。2008年にブランチフラワーとオズワルドが発表した研究では、先進国における幸福度は中年期にいちばん低くなるU字型のカーブを描くと報告されています。40代後半が底になるというものです。ただしこれは集団の平均の話であり、個人差はとても大きい。すべての人が同じ経過をたどるわけではありません。
仕事への熱意についての国際調査でも、日本は世界でも低い水準にとどまると報告されています。周囲を見渡して「自分だけ停滞している」と感じても、実際には同じ場所に立っている人が少なくない、という見方もできます。
「環境を変えれば自由になれる」とは限らない
停滞を抜ける方法として、思い切って環境を変えるという選択があります。けれど、自由になることがいつも前進とは限りません。
仮の例として、長く勤めた会社を辞めた人が、最初の1週間は解放感を味わい、2週間目は「充電中」と自分に言い聞かせ、3週間目から起きる理由を失ってしまう、という展開があります。縛られていたからこそ動けていた人が、ルールがなくなった途端に止まってしまうのです。
内閣府の調査では、50代男性の約2割が「頼れる人も相談相手もいない」と答えていると報告されています。会社を離れると、人との接点がまとめて消えてしまう。これは珍しい話ではありません。
つまり、必要なのはルーティンを壊すことではなく、ルーティンの中に小さな「自分で選ぶ」を戻すことです。
心理学の言葉で言えば「自律性」
1985年にデシとライアンが提唱した自己決定理論では、人の幸福には自律性・有能感・関係性という三つの欲求が関わるとされます。自律性とは「自分の行動を自分で選んでいる」という感覚のことです。
40代の停滞と関わりが深いのは、この自律性です。仕事も生活もルーティンが確立されると、自分で選ぶ場面が日常からほとんど消えてしまいます。すると、毎日は回っているのに、自分の人生を自分で動かしている感覚が薄くなっていきます。
また、脳には慣れた手順を自動化して省エネで動く働きがあると説明されることがあります。変化を避けて同じ道をたどるのは、機能が壊れているからではなく、むしろ正常に働いている結果だと言えます。ただしこれは一般的な説明であり、個人の状態を判断するものではありません。
自動操縦を1秒だけ手動に戻す
具体的な行動は、とても小さくてかまいません。帰り道を1本だけ変える。いつもと違う棚の商品を取る。見慣れない道で写真を1枚撮る。誰にも見せる予定のない写真でも構いません。
大事なのは、何を見つけたかではなく、自分で曲がる角を決めたという事実です。アラームが鳴ったから動くのではなく、自分の理由で動いた瞬間が、自動操縦をいったん解除します。歩く距離や時間を増やす必要はありません。
ただし、合わない場合もあります。気分の落ち込みが長く続いている、眠れない日が続いている、生活の基盤が崩れているというときは、散歩や気分転換より先に、休息と専門的な支援が必要です。小さな行動を試すのは、心身にいくらか余力があるときの方法だと考えてください。
「何をすればいいか」を人に聞くと、選択ではなくなる
「で、自分は何をすればいいのか」と誰かに尋ねたくなります。けれど、答えをそのまま受け取ってしまうと、それは自分で選んだことではなくなります。誰かの正解をなぞるだけでは、自律性の感覚は戻りにくいのです。
とはいえ、相談すること自体は有効です。話すことで自分の気持ちが整理されることはあります。最終的にどの角を曲がるかを決めるのが自分である、というだけのことです。
40代の停滞は、能力や努力が足りない証拠ではありません。むしろ、生活が安定し、慣れた手順で回るようになった結果として訪れます。だからこそ、大きな決断をしなくても、小さな選択をひとつ足すことが入口になります。今日、アラームでも習慣でもない理由で何かをひとつ選んでみる。それだけで、同じ毎日の中に、自分で決めた一点が生まれます。