プロ野球選手として数々のタイトルを獲得し、ファンから「すごい」と称賛される存在。ダルビッシュ有投手は、その渦中でふと抱いた違和感から、評価の本質を見つめ直すことになった。2020年、最多勝利のタイトルを手にした際の出来事がきっかけだった。
タイトル獲得の裏にあった「違和感」
短縮シーズンで最多勝利を獲得し、周囲から「すごいですね」と声をかけられた瞬間、ダルビッシュ投手は素直に喜べなかったという。
「これやって本当に自分ってすごいんかなって思った時にそっからだから」
その一言の裏には、自分の実力が本当に「すごい」と言えるものなのか、という根源的な問いがあった。2021年の1年間は、その問いと向き合う日々となり、「本当に精神的におかしかった」「日々自問自答して、もう本当に苦しかった」と振り返る。
「すごい」の土台を作った無数の他者
自問の果てにダルビッシュ投手がたどり着いたのは、自分という存在が成り立つための連鎖だった。
「野球ってじゃあ僕らすごい評価されてるけど、でも1番最初に野球のルールを作ってくれた人がいて、そこに自分たちが生まれてきた、その才能がたまたまあっただけじゃない。それに僕らがすごいって言えるのか。」
ルールを作った人、両親、さらにその先祖。たった一人が欠けても、今ここで「評価される自分」は存在し得ない。その事実に気づいたとき、「俺ってすごくないじゃん」という結論に至ったという。
ファンの視線は「幻想」か、それとも
ファンが向ける「すごい」という視線について、ダルビッシュ投手はこう語る。
「ファンの方とかすごい視点で見てくれるけど、それはあくまでその人たちも野球っていう誰かが作った価値観の中に僕が才能があてることに対して評価してくれてるだけで、それも僕からすると幻想というか、本当の評価じゃないって思ってるんですよ。」
野球というシステム、そこに適合した才能。その組み合わせが生む評価を「本当の評価」ではないと捉える視点は、自己肯定と自己否定のどちらでもない、ある種の「ニュートラル」な地点を彼にもたらした。
気づきがもたらした静かな地平
「そこ気づいたのがこのことをニュートラルにしてくれたっていうところ」。評価の正体を知った先にあったのは、驕りでも卑下でもなく、事実としての自己位置だった。誰かが築いた土台の上に、たまたま才能があっただけ。その認識が、苦しかった自問自答の日々に終止符を打ったのかもしれない。