借金がない人と、そうでない人の違いは、収入の多さや我慢強さだけでは説明できません。共通しているのは、支払いを決める前に「総額はいくらか」「次にいつ出費が来るか」を確かめる順番です。心理学や経済学で知られる考え方を手がかりに、日常でまねできる5つの習慣を整理します。
研究が示すのは、あくまで集団の傾向や実験場面での結果です。借金の有無を、ひとつの性格や能力で決めつけるものではありません。自分に合う方法を選ぶ材料として読んでください。
1. 月々の支払いではなく、総額で見る
テレビ通販で「月々3980円」と聞くと、手が出しやすいと感じます。分割払いも同じで、月額が小さいほど家計への影響も小さく見えます。しかし、実際に財布から出ていくのは月額ではなく、完済までの総額です。
仮に30万円の買い物を、年15%の手数料がかかるリボ払いで返すとします。毎月1万円なら完済まで3年余りで総額はおよそ38万円。毎月5000円に減らすと9年以上かかり、総額はおよそ56万円になります。月々の負担は半分になったのに、手数料は26万円近くまで増える計算です。
心理学では、金利や手数料の膨らみを直線的に見積もる癖を「指数関数的成長バイアス」と呼びます。2009年の研究では、この癖が強い人ほど借り入れが多く、貯蓄が少ない傾向が報告されています。個人の家計をそのまま決めるものではありませんが、月額だけで判断しない理由にはなります。
- 分割払いの画面では「支払総額」の表示を先に探す
- 月額×回数に手数料を足し、完済までの時期をメモする
- 月額を下げる前に、総額と返済期間の変化を比べる
電卓を一度出すだけで、月額の裏にある本当の値段が見えやすくなります。
2. 急な出費を最初から予定に入れる
冷蔵庫が突然壊れる。法事や葬儀の知らせが重なる。こうした出費は、いつ来るかは読めても、来ること自体は避けられません。お金に余裕がある人は、この種の支出を「予定外」ではなく「いつか来る予定」として家計に組み込んでいます。
人の見積もりには、物事が予定通りに進むと考えてしまう「計画錯誤」という癖があります。1994年に報告された卒業論文の締め切り予想の実験では、学生の予想は平均約34日でしたが、実際にかかったのは平均約55日でした。「最悪の場合」を想定しても平均49日で、現実には届かなかったといいます。
2023年の米連邦準備制度理事会の調査では、突然400ドル(日本円でおよそ6万円)の出費が必要になったとき、現金や貯金ですぐ払えると答えた人は6割余りでした。残りの人は、カードで借りる、誰かに借りる、何かを売る、払えないと答えています。
備えは難しくありません。洗濯機やエアコンのように、いつか寿命が来る家電を書き出します。法事や帰省、車検など、毎年どこかで起きる出費は、去年何回あったかを振り返ります。年間の合計を12で割り、給料日後に別口座へ移しておく方法があります。年間12万円なら月1万円です。将来の出費を保証するものではありませんが、急な知らせを受けたときの慌て方を減らす目安になります。
3. 収入が増えても、固定費をすぐ上げない
昇進や転職で収入が増えると、少し広い部屋に引っ越したい、車を新しくしたいという気持ちが浮かびます。自分へのご褒美として自然な感情です。ただ、借金と縁がない人は、増えた収入をそのまま毎月の支払いに回しません。
一度上げた暮らしの水準は、なかなか下げられません。1949年、ハーバード大学の経済学者ジェームズ・デューゼンベリーは、人の消費は今の収入だけで決まるのではなく、これまでで一番良かったときの暮らしに引っ張られるという考えを示しました。収入が減っても支出がすぐには減らない現象は「ラチェット効果」と呼ばれます。
アメリカ・フロリダ州の宝くじ当選者を比べた2011年の研究では、5万〜15万ドルを当てた人と1万ドル未満の人で、当選から5年ほど経つと自己破産の割合にほとんど差がなくなったと報告されています。高額当選が破産を防いだというより、時期を少し先に延ばしただけだった、という見方です。特定の調査の結果であり、すべての家庭に同じことが起きるわけではありません。
収入が増えたときは、まず貯金に回す。使うなら、家賃やローンではなく、旅行や記念日など一度きりの体験に回す。こうした支出は、やめれば翌月から元に戻せます。暮らしを少し控えめに保つ余白は、収入が減ったときのクッションになります。
4. 欲しいと思った日に買わない
ネット通販のタイムセール、残り2時間、在庫わずか。画面を閉じたらもう買えない気がして、購入ボタンを押してしまう。届いた箱を開けて「なぜこれを買ったのだろう」と首をかしげる。そんな経験がある人もいるでしょう。
借金を避けている人には、欲しいと思った瞬間には買わず、気持ちが落ち着いてから決める習慣があります。これは我慢強さの問題ではありません。欲しい気持ちが高まっているときと、落ち着いているときでは、同じ人でも判断が変わるからです。
経済学者のジョージ・ローエンスタインは、この違いを「熱い状態」と「冷たい状態」という言葉で説明しました。熱くなっているとき、人は後で冷めた自分がどう感じるかをうまく想像できません。2001年の実験では、人気のバスケットボールのチケットを入札してもらったところ、カードで払うと伝えたグループの入札額は、現金で払うグループのおよそ2倍になりました。お金が手元から消える感覚が薄いほど、人は気前よく払ってしまうのです。
日本にも、訪問販売など対象となる契約で、8日以内なら無条件で取り消せるクーリング・オフ制度があります。ただし、すべての買い物に適用されるわけではありません。
即決を避ける具体的な方法
- 欲しいものをカートに入れたら、3日待ってから開く
- 大きな買い物は、よく眠った翌朝に決める
- 空腹のままスーパーに入らない、疲れた夜に通販を開かない
- 分割払いを勧められたら、その日は持ち帰って考える
3日待っても関心が残るなら、検討する価値があります。待つうちに忘れるものは、急いで買う必要がなかった可能性があります。
5. 付き合いとお金を別の問題として扱う
同窓会で再会した友人から、一泊5万円の温泉旅行に誘われる。楽しそうだと思う気持ちと、今月の家計の数字が頭の中でぶつかる。断ったら付き合いの悪い人と思われるかもしれない。そんなふうに、カードの明細から目をそらしたことはないでしょうか。
家計が安定している人も、人付き合いを大切にしています。違うのは、相手との関係と、お金の使い方を別々の問題として考えていることです。1950年代の心理学者ソロモン・アッシュの実験では、線の長さを選ぶ簡単な課題でも、周囲がわざと間違った答えを言うと、参加者のおよそ3回に1回は周りに合わせて間違った線を選びました。一度も流されなかった人は全体の4分の1ほどでした。
興味深いのは、その後の結果です。間違った答えを言う仕掛け役の中に、正しい答えを言う人が1人混ざるだけで、周りに合わせる人は大きく減りました。全員が同じ意見に見えるときでも、別の見方をする人が一人いるだけで、自分で考える余地が生まれます。
誘いを断るときは、関係を切るのではなく、条件を変える方法があります。「旅行は難しいけれど、日帰りで近くの温泉なら行きたい」と別の案を添える。すると、実は自分も予算を気にしていた、という人が出てくることもあります。予算を気にしているのは自分だけではない、と分かるだけでも、断り方は変わります。
判断の順番を変える
お金に追われにくい人に共通するのは、収入の多さや我慢強さではなく、お金が出ていく前に「総額はいくらか」「この出費はいつ来るか」「今日決める必要があるか」を確かめる順番でした。5つの習慣は、意志の強さを試すものではなく、判断を少し冷静な場所に戻すための工夫です。
全部を一度に始める必要はありません。まずは次に分割払いの画面を見たとき、月額ではなく支払総額を探す。それだけで、月々の安さに隠れた負担に気づきやすくなります。反対に、収入が不安定な時期や、すでに返済が苦しい場合には、自己流の節約より先に専門の相談を検討したほうがよいことがあります。自治体の消費生活センターや債務整理の相談窓口が選択肢になります。
習慣は、性格を変えるためにあるのではなく、決める前に少し時間を置くためにあります。自分に合うものを一つ選ぶところからで十分です。