夜、布団の中で明日の予定を立てる。朝6時に起きて、運動して、あの課題に取りかかる。頭の中では完璧な計画ができている。ところが翌朝、アラームが鳴った瞬間、別の声がする。「あと5分だけ」。その5分が30分になり、気づけば昨日の決意はどこかへ消えている。たとえばの話だが、こうした経験に心当たりがある人は少なくないはずだ。
やらなければいけないと分かっている。やりたいとも思っている。それでも手が動かない。この先延ばしは、意思が弱いからでも、怠けているからでもないらしい。むしろ、脳が未来を扱うときの癖と、目の前の不快な感情から逃れようとする心の働きが重なって起きる。そう考えると、自分を責める視点が少し変わる。
真面目な人ほど先延ばしに苦しむ
先延ばしは、だらしない人だけのものではない。責任感が強く、きちんとやりたいと思う人ほど、着手できずに苦しむことがある。中途半端な状態で出したくない。高い基準が、最初の一歩を遠ざけてしまう。ある調査では、大学生の8割から9割が日常的に先延ばしを経験しているという。これは例外ではなく、かなり標準に近い数字だ。
興味深いのは、決意の段階ではたいていの人が正しく計画を立てている点だ。やると決め、段取りも考える。崩れるのはいつも実行の場面。やろうと思う気持ちと、実際に手を動かすことの間には、思ったより深い溝がある。
計画する自分と行動する自分
経済学者のセイラーとシェフリンは、人間の中に二人の自分がいると考えた。一人は計画する自分。未来を見据え、健康や貯金、締め切りを気にかけ、長い目で最善を選ぼうとする。もう一人は行動する自分。今この瞬間の楽さや気持ちよさを求め、目の前の誘惑に手を伸ばそうとする。
夜に「明日は朝6時に起きて走ろう」と決めるのは計画する自分だ。朝、布団の中で「あと5分」とつぶやくのは行動する自分。どちらも本物の自分で、悪い自分がいるわけではない。先延ばしは、この綱引きで行動する自分が勝った瞬間のことだ。計画は正しかったのに、実行の場で負けただけとも言える。
厄介なのは、計画する自分にとって未来の自分が他人のように感じられることだ。だから平気で面倒な仕事を明日の自分に押し付けられる。今日の課題を明日の自分へ。その明日の自分も同じように先送りし、仕事は未来の他人へたらい回しにされていく。
脳は未来の価値をひどく値引きする
なぜ計画する自分はこうも簡単に負けるのか。その裏には、脳が時間を測るときの奇妙な癖が隠れている。行動経済学者のレイブソンが見つけたのは、人間が未来をどう評価するかの歪みだ。
たとえば「今すぐ1万円もらう」のと「1年後に1万1000円もらう」のでは、多くの人が今の1万円を選ぶ。1年待てば1000円増えるのに、今を選んでしまう。遠い先の報酬ほど、脳の中ではんの小さく見える。これが時間割引だ。
問題は、その割引き方が均等ではないことだ。近い未来では急激に、遠い未来では緩やかに価値が下がる。今この瞬間だけが特別に大きく輝いて見える。1年後の1日は待てるのに、今日から明日の1日は待てない。同じ1日の重みが、遠くと近くでまるで違って感じられる。これを双曲割引きと呼ぶ。
だから遠い未来については、誰でも立派に振る舞える。「来月から運動する」「来年こそ貯金する」。未来の計画はいつも正しい。ところが、その未来が今日になった瞬間、目の前の楽さが急に大きく見え、昨日の計画はあっさり後回しにされる。昨日の自分と今日の自分で選ぶものが食い違う。これは悪気なく起きる。
「明日から」の明日は永遠に来ない
現在バイアスという言葉がある。脳が今この瞬間をいつも特別扱いしてしまう癖だ。今の小さな快楽が、未来の大きな利益に平気で勝ってしまう。今日の30分のだらだらが、1年後の資格や健康より重く感じられる。冷静に比べれば逆なのに、脳の秤は今の方へ傾く。
経済学者のオドノヒューとラビンは、この現在バイアスを二種類の人間に分けて考えた。素朴な人は、自分は明日こそ必ずやると本気で信じている。だから今日は安心して先延ばす。ところが明日になると、その明日の自分も同じ現在バイアスを持っている。だからまた先延ばす。素朴な人はこの罠に永遠に気づけない。「明日からやる」の明日は、来た時には今日になっている。そして今日はいつも特別扱いされ、後回しにされる。だから明日は永遠に来ない。
もう一人は洗練された人。自分が先延ばす弱さをあらかじめ知っている。だからその弱さを見越して、先に手を打とうとする。未来の自分を無邪気に信じないこと。むしろ疑ってかかること。この少し悲しい自己認識が、先延ばしを抜ける出発点になる。
先延ばしは感情の管理の問題でもある
先延ばしの研究をまとめた心理学者スティールは、先延ばしとは突き詰めれば目の前の嫌な気分から逃げる行為だと結論づけた。時間管理の失敗というより、感情の管理の問題だという。退屈な作業、難しい課題、結果が怖い仕事。そういう嫌な感情を呼び起こすものほど、人は強く避けようとする。
目の前の不快から逃げれば、その瞬間だけは気分が軽くなる。この一瞬の安心が脳にとってのご褒美になり、回避が癖になっていく。スティールはやる気を一つの式にまとめた。やる気は、成功への期待とその価値が大きいほど高まり、衝動性と報酬までの遅さが大きいほど下がる。「どうせ自分にはできない」と感じる仕事ほど、成功への期待が低く、やる気は湧かない。自信のなさがそのまま先延ばしになる。
ここまで見ると、先延ばしは性格の欠陥ではなく、脳の仕組みと感情の反応が重なった現象だと分かる。仕組みなら、根性でねじ伏せるのではなく、読み解くことができる。未来の自分を疑い、環境や約束の側から設計し直す。その具体的な方法は別の機会に譲るとしても、少なくとも「自分は怠けている」という自己嫌悪からは少し距離を置ける。
今日できなかったことを、明日の自分に押し付ける。その繰り返しに気づいたとき、私たちはようやく「明日から」という言葉の正体を見ることができる。明日は来ないのではなく、来た瞬間に今日へと姿を変える。だからこそ、今この瞬間の扱い方が問われている。