心臓が止まったあとの脳波に何が映っていたか
2013年、ネズミ9匹を使った実験で、心臓が止まったあとの30秒ほど、脳のあちこちの波が起きているときよりも強く揃って動いた。少なくともネズミでは確かめられた記録だ。
人では、先ほどの87歳の男性の記録が手がかりになる。心臓が止まったあと、脳波のなかである速い波の割合が増えていた。ただし量そのものはむしろ減っていた。研究チームは、人生を思い出すときと似た動きかもしれないと述べたが、それは推測に過ぎないとも書いている。男性に意識があったことを示す記録はない。
この記録には、同じ学術誌に反論も寄せられた。本当に脳の活動なのか、筋肉の揺れが混じったノイズではないか、心臓が完全に止まっていたと言えるのか。1件の記録だけで結論を出すのはまだ早い。
2023年には、重い病気で亡くなっていく4人の患者を調べた記録がある。4人のうち2人である波が急に高まったが、著者自身は「意識が高まっていた可能性を示すが証明はしていない」と書いている。脳が動いていたことと、何かを見て聞いていたことは別の話だ。
天井から自分を見たという記憶は確かめられるのか
2014年、15の病院で大掛かりな研究が行われた。病室の天井に近い棚に、下からは見えない絵をこっそり置いておいた。もし体から抜け出して天井から見ていたなら、その絵が見えるはずだ。
対象になった心停止は合わせて2060件。助かったのは330人、面接できたのは140人、詳しい面接まで進んだのは101人だった。臨死体験に近い経験を語ったのは101人中9人。そのうち2人は蘇生の場面を見聞きしたように覚えていたが、その2人が心停止した場所にはそもそも棚がなかった。絵が置かれていたのは心停止が起きた場所の22%だけだった。絵を見たと確かめられた人は、この研究では誰もいなかった。
確かめられた例が一件だけある。57歳の男性が語った記憶が、機器の音が鳴った時刻と合っていた。心臓が止まってからおよそ3分後の出来事だった。ただしこれは絵を見た証拠ではなく、出来事を正しい時刻で覚えていたという記録だ。
2023年に報告された続きの研究では、院内の心停止567件のうち助かったのは53人、面接できたのは28人。28人中6人、21%が死の体験と呼べるものを語った。脳波を測った85人のうち、およそ4割で蘇生を始めてから最大1時間後まで正常に近い脳波が見られた。意識がないように見える状態でも脳に活動が残っているケースはあったが、隠しておいた絵や音を言い当てた人は今回もいなかった。
体験を生む手がかりは複数あるが、一本の答えにはならない
体から抜け出す感覚や光、トンネルは、何が起こしているのか。一番有名な答えは、脳が酸素不足で見る幻だというものだ。だが、心臓が止まればほぼ全員が酸素不足になるのに、臨死体験を語ったのは18%だった。酸素不足だけでは説明しきれない。
ほかにも手がかりが四つある。
- 心停止後に臨死体験を語った人は、血液中の二酸化炭素が多かった。
- 脳の右側、右耳のすぐ上やや後ろの一点を刺激すると、ベッドに寝ている自分を上から見る感覚が繰り返し起きた。
- 臨死体験をした55人と条件を揃えた55人を比べると、金縛りのような眠りと目覚めが混ざる体験をした割合は60%と24%だった。
- 戦闘機の操縦士が強い加速度で気を失うときにも、トンネルや光、体から抜け出す感覚に似た報告がある。
どの手がかりも体験の一部は説明できるが、全部をまとめて説明できる答えはまだない。文化も時代も違うのに似た体験が語られる理由も、はっきりしていない。脳の作りに共通する何かがあるのかもしれない。
測れることと測れないことのあいだ
臨死体験の記憶は、実際の出来事の記憶よりも鮮やかだったという研究がある。現実よりも現実らしかったと語る人もいる。なぜそう感じるのかは、まだよく分かっていない。
臨死体験をした人を2年後、8年後まで追跡した記録では、死についての考え方が変わったままだった。ただ、死後の世界があるかどうかは科学の方法では確かめられていない。これは信じる人の考えを否定するものではない。
死ぬ瞬間を内側から見て戻ってきた人はまだいない。証言できるのは、いつも生き延びた人たちだけだ。心臓が止まったあとの30秒、脳は静かになるどころか、少なくともネズミでは強く揃って動いていた。人ではまだ確かめている途中だ。
私たちは死を、外から測れる部分と測れない部分に分けて考えられるようになってきた。その境目を科学は少しずつ埋めようとしている。けれど、分かったことより分からないことのほうが、まだ多い。