「今の自分はその理由を引き受けているか」を確認する
自己決定理論の文脈では、外から与えられた価値が自分のものになっていく過程には違いがあると考えられています。誰にも強制されていないのに、やめたらがっかりされる、ここでやめたら自分には価値がないと感じて続けることがあります。命令する人がいなくなっても、外からの期待が自分を責める声として残っている状態です。
一方で、誰かに勧められて始めたことでも、その意味を自分なりに理解し、自分が大切にしたいものと結びつけば、本人の意思として引き受けることができます。親に勧められて始めた仕事が、後から自分の仕事になることはあります。最初の理由が他人の期待だったからといって、現在の意思まで偽物になるわけではありません。
問うべきなのは、その欲望が最初に誰から来たのかだけではありません。今の自分がその理由を理解しているかどうかです。たとえば、今の仕事を続ける理由を「親が安心するから」「周囲が認めるから」だけに頼っているなら、一度立ち止まる余地があります。逆に、最初は親の勧めでも、今は自分がこの仕事の意味を引き受けているなら、それは自分の選択と呼べます。
小さな習慣として、気になる選択について「今の私は、なぜこれを続けているのか」と紙に書き出してみるのがおすすめです。理由を3つ挙げ、それぞれが誰の期待によるものか、自分が納得しているかを確認します。負担が大きいと感じる場合は、すべてを書き出す必要はありません。気になる一つだけで構いません。
違和感を判断材料に戻す
ある人生を選んだ後に強い違和感が生まれたとします。そのとき「今の自分には合わなくなったのかもしれない」と考えられるなら、まだ選択を修正できます。ところが、選んだ道そのものを疑うことが許されなくなると、違和感は自分の欠点として処理されます。安定した仕事を続けるのが辛くても、それを手放したい自分のほうが未熟なのだと考えてしまうのです。
もちろん、違和感がいつも正しいとは限りません。苦しいからすぐにやめればいいという話でもありません。続けたことで意味が見えてくることもあります。ただ、自分が苦しいと感じていることを判断材料にできないなら、人生の軌道を直すことはできません。
そこで、違和感を無視せず、短いメモに残す習慣を試してみてください。たとえば「今日、この場面で違和感があった」「何が苦しかったのか」「なぜ続けているのか」を一行ずつ書くだけです。後から読み返すと、同じ違和感が繰り返し出ているのか、一時的な疲れなのかが見えやすくなります。合わない場合は、書く代わりに信頼できる人に話すだけでも、判断材料を外に出すことができます。
小さく期待を裏切る練習をする
期待に反して行動することは、想像以上に難しく、時に勇気が必要です。命令なら自分が従わされていることに気づきやすいですが、期待は曖昧な形で人を動かします。「普通はこうする」「良い親ならこうする」「立派な社会人ならこう振る舞う」といった言葉は、直接命令されていなくても、期待されている役を察させます。
いきなり大きな決断で期待を裏切る必要はありません。まずは低リスクな場面で、いつもと違う選択をしてみるのが現実的です。たとえば、飲み会の誘いを「なんとなく行くものだから」と受けていたなら、一度だけ理由を言わずに断ってみる。周囲が選ぶ定番の選択肢ではなく、自分が少し気になっていた別の選択肢を試してみる。こうした小さな裏切りは、期待に従う以外の行動が自分にも許されることを確かめる練習になります。
注意点として、すべての期待を拒否する必要はありません。期待に答えることは社会を支える面もあります。また、周囲と衝突するのが難しい場合は、行動で示す前に、まず自分の考えを言葉にするだけでも十分です。安全な範囲で「今回は保留にする」と伝えるのも一つの方法です。
沈黙しないことが社会の誤解を減らす
期待に答え続けることは、個人の問題にとどまりません。社会は人の内心を見ることができず、見えるのは最終的に選ばれた行動だけです。結婚したという結果は他者に分かりやすいですが、本人が本当はためらっていたことや、周囲に遅れたくなくて焦っていたことまでは伝わりません。それを見た次の人は、多くの人がこの人生を望んでいるのだと考え、同じ道を選びます。
社会心理学には「多元的無知」と呼ばれる現象があります。本人は疑問を持っていても、周囲が受け入れているように見えるため、自分だけが少数派だと思って黙る。別の人はその沈黙を賛成の証拠として受け取る。こうして集団が自分たち自身の考えを誤解することがあります。選ばれている回数と、心から望まれている程度は必ずしも同じではないのです。
だからこそ、自分の判断を持つことは社会を拒絶することではありません。社会から何かを期待されたとき、「分かった。それでも自分は本当にそう思うだろうか」と一度考えることが、間違った方向へ揃うのを止める力になります。期待に従う人も、期待へ反発する人も、相手の期待だけを基準にしている限り、自分で選んでいるとは言い切れません。どちらも社会には必要ですが、その前に自分の理由を確認しておきたいところです。
まとめ
期待に応え続けると自分を失うのは、昔の自分と違う人間になるからではありません。変わった自分について、自分で検討できなくなることが問題です。失われるのは固定された人格ではなく、自分の人生を選び直す働きです。
今日からできる小さな工夫は、次の三つです。期待の送り主を分けること。「今の自分はその理由を引き受けているか」を確認すること。そして、違和感を判断材料に戻すこと。すべてを一度にやる必要はありません。気になる選択が一つあれば、そこから始めてみてください。