「時間がない」という感覚は、段取りの失敗や意志の弱さだけでは説明できません。『Make Time(メイクタイム)』で紹介されている考え方によれば、私たちの一日の多くは、スマホやアプリの初期設定——デフォルト——に沿って流れています。だから変えるべきは根性ではなく、設定そのものです。ここでは、その仕組みと具体的な手順、そして向き不向きを整理します。
忙しさをつくっているのは、意志の弱さではない
本書では、スマホのアプリは人間が本能では対抗できないほど依存度が高くなるように設計されている、と説明されています。背景として挙げられているのが、広告収入というビジネスの構造です。どれだけ長く使ってもらえるかが収益に関わるため、滞在時間を伸ばす工夫が重ねられてきた、という見方です。
この説明をそのまま「だから自分は悪くない」と結論づける必要はありませんが、少なくとも、注意散漫を自分の人格の問題として責めるのは筋が違います。意志の力でスマホに打ち勝とうとする作戦は、そもそも分が悪いのです。
デフォルトを書き換えるという発想
デフォルトとは初期設定のことです。ホーム画面の並び、通知のタイミング、カレンダーの空き具合。何も意識しなければ、一日はこの設定どおりに流れていきます。本書が提案するのは、その初期設定を自分で作り直すという発想です。
手順は4つ。ハイライト、レーザー、チャージ、チューニング。横文字が並びますが、日本語にすると「今日の一番を決める」「一点に集中する」「途中で補給する」「夜に振り返って調整する」という流れになります。
ハイライト——今日の「これだけは」を一つ決める
最初のステップは、その日の最優先事項を一つだけ選ぶことです。本書では、基準として緊急性・満足感・喜びの3つが挙げられています。仕事の優先順位でよく使われる緊急度と重要度に加えて、「一日の終わりに満足できるのは何か」「心から喜びを感じるのは何か」を混ぜていい、という提案です。
たとえば、仮の例として、締め切りのある資料づくりをハイライトにする日もあれば、ずっと後回しにしてきた趣味の練習を選ぶ日があってもいい、ということになります。3つも基準があると迷いそうですが、本書では「今この瞬間の直感を信じていい」とされています。
時間の目安として紹介されているのは60〜90分です。集中状態に届くまでに60分ほどかかる、90分を超えると休憩が必要になる、という理由が添えられています。ただしこれはあくまで目安で、環境によって調整が必要です。
押さえる点は2つだけ。ハイライトを紙やメモに書き出すこと、そしてその時間を予定として死守することです。誰かに予定を空けてほしいと頼まれても、断る。ここが肝心だと繰り返し強調されています。
レーザー——一点に集中する
2つ目のステップは、レーザー光線のように一点へ集中する状態をつくることです。口で言うのは簡単ですが、実際は難しい。その理由として本書が挙げるのが、人類が狩猟採集民だった時代に身につけた習性です。
一つは、あちこちに注意を向けてしまう習性。危険から身を守るために周囲を見張る性質が、通知機能によって巧みに利用されている、という説明です。もう一つは、予測できない見返りを喜ぶ習性。いつ得られるかわからない報酬に惹かれる性質が、タイムラインや動画の自動再生と相性がいい、という見方です。
これは脳の成り立ちについての一つの説明であり、すべての人に同じように当てはまるわけではありません。ただ、「集中できないのは自分がだらしないからだ」と決めつけるより、環境の問題として捉えたほうが対処しやすくなります。通知を切る、スマホを手の届かない場所に置く、といった工夫は、根性ではなく設定を変える発想です。
チャージ——集中は無限ではない
3つ目は、途中でエネルギーを補給することです。集中力はマラソンのように消耗するものだから、休憩や食事、散歩などで意図的に充電する必要がある、という考え方です。集中を続けることだけを美徳にしない点が、この時間術の特徴です。
チューニング——夜に振り返って調整する
最後は、寝る前にその日を短く振り返ることです。うまくいったかどうかをメモに残し、翌日のハイライトの選び方や時間帯を調整します。うまくいかなかった日を反省して終わるのではなく、次の設定に反映させるための工程です。
この方法が合わない人もいる
ここまでの手順は、自分の予定に一定の裁量がある人を想定しています。介護や育児の最中にいる人、シフト勤務で時間帯が固定できない人、急な対応が多い職場にいる人にとっては、60〜90分を確保すること自体が難しいかもしれません。
その場合は、時間の長さを守ることより、「今日の一番」を一つ決めることだけを試す、5分だけ自分のための時間を確保する、といった形に置き換えるのが現実的です。合わないやり方を根性で続ける必要はありません。また、疲れや集中できない状態が長く続いて生活に支障が出ている場合は、時間術ではなく専門的な支援を検討する領域です。
設定は何度でも戻せる
時間を取り戻すというと、気合いを入れて生活を立て直す話のように聞こえます。しかし本書が示すのは、もっと地味な作業です。今日の一番を一つ決めて書き出す。その時間を守る。途中で休む。夜に少し振り返る。これだけを繰り返します。
守れなかった日があっても、設定を書き換えれば元に戻せます。まずは今日のハイライトを一つ、メモに書くところから始めてみるのはどうでしょうか。