新しいことを学ぶほど頭の中が整理され、視野が広がっていく。そう感じられるときは気持ちのよいものです。ただ、学びを続けているうちに、なぜか視点が固定されてしまったり、判断が鈍ったように感じられたりすることもあります。イギリスの文筆家フィリップ・ギルバート・ハマトンが1873年に著した『知的生活』は、まさにこの点を正面から扱った本です。
この本の立場は明快です。知識は量の問題ではなく、自分の精神全体にどう作用するかという問題である、という考え方です。ここからは、本書で示されている説明をたどりながら、日常の学びにどう活かせるかを考えていきます。
料理人のパセリが示す、知識の「効き方」
ハマトンは、優れたフランス人料理人と話したときのことを書いています。その料理人によれば、料理の技術を突き詰めると、最後には二つの知恵に行き着くのだそうです。ひとつは、材料が互いに与え合う影響を知ること。もうひとつは、火加減を誤らないこと。
そして、ある料理に使うパセリがわずか一、二枚であっても、それが味のすべてを決めることがある、と話しました。省いてしまえば狙った風味は出ず、多すぎれば食べられなくなる。ハマトンはこの話を、知識の獲得にもそのまま当てはまる例として紹介しています。
新しいことを一つ学ぶと、それは頭の中の一区画に収まるのではなく、すでに持っている考え方やものの見方に影響を与えます。だからこそ、何を取り込むかによって知性の働き方そのものが変わる、というのが本書の出発点です。
学びすぎが視点を奪うことがある
本書では、知識が常にプラスに働くとは限らない例も挙げられています。ある風景画家が地質学に興味を持ち、専門的な知識を深めすぎた結果、絵画としての魅力が失われ、地質学の専門書の挿絵のような絵しか描けなくなってしまった、という話です。
これは「知識を持つな」という話ではありません。仕事には、知識があるからこそできるものと、無知であるからこそできるものの二種類がある、という指摘です。ただし、これは著者の観察にもとづく主張であり、すべての人に当てはまる法則ではありません。多くの場合、学んだことは視野を広げる方向に働きます。気をつけたいのは、学びが自分の目的からずれていくときです。
何を学ぶかを選ぶときの、二つのフィルター
では、何を基準に選べばよいのか。本書がまず挙げるのは、心から知りたいと感じたときの気持ちに従うことです。
ただし、ここには注意点も添えられています。人は往々にして、自分にとってあまり関係のないものに興味を引きつけられ、本当に必要な知識には手を伸ばさない傾向がある、というのです。そのため、興味だけに頼るのではなく、その知識が今の自分にとってふさわしいかどうかを冷静に見極める目も必要だと述べています。
この「見極める目」を、記事として少し具体的にしてみます。たとえば、新しい分野に手を伸ばす前に、「これを学んだあと、自分は何をしたくなるだろうか」と一度想像してみるのは一つの方法です。その答えが今の仕事や生活とつながらないなら、いったん保留にする。逆に答えがはっきりしているなら、興味の強さに関わらず取り組む価値があるかもしれません。これは本書の主張を日常向けに言い換えた一例で、効果を保証するものではありません。
時間の使い方——四つの心得
本書の後半では、知的生活を守るための時間の使い方にも触れられています。柱になるのは四つです。
第一に、何かを学ぶときは完全にものにするつもりで臨むこと。話せもしない外国語や、基礎が身についていないスキルに費やした時間は、結果として浪費になりやすいという指摘です。
第二に、どうにもならないと限界が見えたら、潔く現実を見つめて諦めること。中途半端に続けると、だらだらと時間だけが過ぎていきます。
第三に、計画が達成・完成するまでにどれくらいの期間がかかるかを計算すること。見込み違いは、取り返しのつかない遅れにつながることがあります。
第四に、何をやるかではなく、何をやらないかを見極めること。本書では、判断がつかないうちは動かないほうが得策だというナポレオンの姿勢や、どこに色を塗るか決まってしまえば実際に描く時間はわずかだという画家の言葉が引かれています。
ここで誤解したくないのは、これが根性論ではないという点です。ハマトンは、知的生活にはゆとりが必要で、締め切りに追われるような状態で仕事をするものではないとはっきり書いています。食事や睡眠を削って時間を作る話ではなく、年単位の取り返しのつかない遅れを防ぐという話として読むのが自然です。
読書の時間は、気合ではなく習慣で確保する
読書についても、本書は具体的な提案をしています。忙しくて本を読む時間が取れないという悩みに対して、まず置かれるのは、規則正しく時間を使うための習慣、つまりルーティンを作ることです。
たとえば、寝る前の十五分、通勤の行きだけ、といった形で時間と場所を決めてしまう。気力が湧いたときに読むという構えだと、忙しい時期には真っ先に削られてしまいます。
ただし、この方法が合わない人もいます。毎日同じ時間を確保するのが難しい生活の人や、短い時間に区切られると集中できない人にとっては、まとまった時間を週に一度確保するほうが現実的かもしれません。習慣化はあくまで一つの手段です。
学びを続けるために、ときどき立ち止まる
知識を増やすこと自体が目的になると、何を学ばないかを決める判断がおろそかになります。本書の中心にあるのは、学ぶ前に「これは今の自分に必要か」「学んだあと、自分は何をするのか」を一度考えるという姿勢です。
学びが苦しくなっているときは、量を減らすことも立派な選択です。また、不安や気分の落ち込みが長く続く場合、読書だけで抱え込まず、専門の支援を頼ることも選択肢に入れてください。