巨人の肩に乗るとは、答えを丸のみすることではない
「巨人の肩に乗る」という表現は、自分が遠くまで見えるのは巨人の肩に乗ったからだ、という意味で知られています。ここで見落としがちなのは、肩に乗っても自分が巨人になるわけではないことです。視力が良くなるわけでも、急に背が伸びるわけでもありません。ただ、立つ場所が高くなるだけです。
つまり、巨人の肩に乗るとは、自分の凡庸さを認めたまま、開始地点だけを上げることです。先人の知恵を使うのは思考停止ではなく、考える前の準備運動に近いと言えます。医療の世界にある「エビデンスに基づく医療」も、論文の内容を機械的に当てはめることではなく、得られる根拠を使いながら目の前の患者に合わせて判断することを指します。過去の知識を踏み台にして、いまの状況をより正確に見る。肩は使うけれど、支配はされない。この姿勢が重要です。
現場で使える4つの手順
では、実際にどんな順番で進めればよいのでしょうか。いきなり答えを発明しようとするのではなく、次のように動くと負担が少なくなります。
- 問題に名前をつける:いま起きていることを、「うちだけの特殊な話」ではなく、既存の言葉で表現できないか探します。
- 先人の知恵を探す:似た失敗がどこで起きたか、その分野でどう整理されてきたか、すでに試された解決策は何かを調べます。
- 合う部分と合わない部分を分ける:理論や方法をそのまま使おうとせず、自分の状況に当てはまる点と、ずれている点を分けます。
- 必要な形に変える:最後に、自分の現場で使えるように翻訳します。
たとえば「心理的安全性が大事」と知るだけでは、誰でも言える一般論です。自分の職場で発言しにくい理由が、上司の口調なのか、評価制度なのか、過去に正直に言った人が損をした経験なのか、会議の人数なのか。ここは自分で見ないとわかりません。同じように、チェックリストが大事だと知っても、どの項目を誰が読み上げるのか、どのタイミングで確認するのか、なくても使われる設計になっているかまで落とし込まなければ、現場では動きません。
この翻訳の作業は地味ですが、現実を変えるのはたいてい、この地味な部分です。考える順番を、「自分はどう思うか」からではなく、「この問題は過去に何と呼ばれてきたか」から始めるだけで、見える景色が変わります。
合わない場合の代案と注意点
とはいえ、すべての問題に既存の答えがあるわけではありません。個人的な事情や、まだ誰も整理していない新しい状況では、過去の知恵がそのまま使えないこともあります。その場合は、先人の知恵を「答え」ではなく「点検のための材料」として使うのが現実的です。たとえば、既存の理論を当てはめてみて、どこが合わないかを言葉にできるだけでも、ゼロから考えるよりは確実に前に進めます。
また、外部の知識に対して「もうあるやつだ」「自分らしくない」と感じることは自然です。組織論では、外から来た知識に価値があっても抵抗してしまう態度を「Not Invented Here(ここで発明されたものではない)」と呼ぶことがあります。この反応は個人の頭の中でも起きます。独自性を出す場所を間違えると、丸くない車輪を自分らしい発想だと思い込んでしまうことがあるため、基礎の部分では過去の失敗に従い、独自性は既存の方法を理解した後に出すほうが安全です。
最後に残る問いは一つです。いま悩んでいる問題は、本当に自分がゼロから考えるべき問題でしょうか。それとも、すでに誰かが名前をつけ、失敗し、解きかけている問題でしょうか。後者なら、必要なのはひらめきではなく、まず巨人を探すことです。考えるのは、その肩に乗ってからで十分です。