「自分で考える」前にまず巨人を探す——ゼロから始めない思考の順番
思考の整理

「自分で考える」前にまず巨人を探す——ゼロから始めない思考の順番

仕事や暮らしで行き詰まったとき、「一度自分で考えてみます」と言うのは、一見まじめな態度に思えます。でも、すでに多くの人が考え、失敗し、名前をつけてきた問題を、何も調べずに自分の経験だけで考え直すのは、時間も体力も消耗します。先にやるべきなのは、考えることではなく、過去の知恵を探すことです。

たとえば、手術の現場で19項目のチェックリストを導入したところ、合併症が11%から7%へ、死亡率が1.5%から0.8%へ下がったという報告があります。使われたのは特別な才能ではなく、誰でも確認できる単純な手順でした。多くの問題は、私たちが思うほど新しくありません。まずは、その問題にすでについている名前や理論を探すところから始めるのが、凡人にとって現実的な方法です。

「自分で考える」ほど思考停止しやすい理由

会議で誰も反対しないのに決めたことが実行されない。優秀な人が集まっているのにチームの動きが遅い。こうした問題に出会うと、「うちの会社は特殊だ」「うちの上司は特殊だ」と考えたくなります。細部はたしかに特殊かもしれませんが、構造はたいてい特殊ではありません。

反対意見が出ないことには「同調圧力」、責任を誰も取らないことには「責任の分散」、能力が高い人が集まっても成果が出ないことには「調整コスト」や「社会的手抜き」といった見方があります。分野が違っても、人間が繰り返す失敗は驚くほど似ています。

それなのに、自分の経験だけで考え始めると、材料が自分の内側にしかないため、同じ場所をぐるぐる回るだけになりがちです。「仕事は根性だ」「人は褒めれば伸びる」といった言葉は、自分の見た狭い範囲の感想を世界の法則のように言い換えているにすぎない場合があります。自分の経験はサンプル数が少なく、それだけを信じるのは危うさを伴います。

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巨人の肩に乗るとは、答えを丸のみすることではない

「巨人の肩に乗る」という表現は、自分が遠くまで見えるのは巨人の肩に乗ったからだ、という意味で知られています。ここで見落としがちなのは、肩に乗っても自分が巨人になるわけではないことです。視力が良くなるわけでも、急に背が伸びるわけでもありません。ただ、立つ場所が高くなるだけです。

つまり、巨人の肩に乗るとは、自分の凡庸さを認めたまま、開始地点だけを上げることです。先人の知恵を使うのは思考停止ではなく、考える前の準備運動に近いと言えます。医療の世界にある「エビデンスに基づく医療」も、論文の内容を機械的に当てはめることではなく、得られる根拠を使いながら目の前の患者に合わせて判断することを指します。過去の知識を踏み台にして、いまの状況をより正確に見る。肩は使うけれど、支配はされない。この姿勢が重要です。

現場で使える4つの手順

では、実際にどんな順番で進めればよいのでしょうか。いきなり答えを発明しようとするのではなく、次のように動くと負担が少なくなります。

  • 問題に名前をつける:いま起きていることを、「うちだけの特殊な話」ではなく、既存の言葉で表現できないか探します。
  • 先人の知恵を探す:似た失敗がどこで起きたか、その分野でどう整理されてきたか、すでに試された解決策は何かを調べます。
  • 合う部分と合わない部分を分ける:理論や方法をそのまま使おうとせず、自分の状況に当てはまる点と、ずれている点を分けます。
  • 必要な形に変える:最後に、自分の現場で使えるように翻訳します。

たとえば「心理的安全性が大事」と知るだけでは、誰でも言える一般論です。自分の職場で発言しにくい理由が、上司の口調なのか、評価制度なのか、過去に正直に言った人が損をした経験なのか、会議の人数なのか。ここは自分で見ないとわかりません。同じように、チェックリストが大事だと知っても、どの項目を誰が読み上げるのか、どのタイミングで確認するのか、なくても使われる設計になっているかまで落とし込まなければ、現場では動きません。

この翻訳の作業は地味ですが、現実を変えるのはたいてい、この地味な部分です。考える順番を、「自分はどう思うか」からではなく、「この問題は過去に何と呼ばれてきたか」から始めるだけで、見える景色が変わります。

合わない場合の代案と注意点

とはいえ、すべての問題に既存の答えがあるわけではありません。個人的な事情や、まだ誰も整理していない新しい状況では、過去の知恵がそのまま使えないこともあります。その場合は、先人の知恵を「答え」ではなく「点検のための材料」として使うのが現実的です。たとえば、既存の理論を当てはめてみて、どこが合わないかを言葉にできるだけでも、ゼロから考えるよりは確実に前に進めます。

また、外部の知識に対して「もうあるやつだ」「自分らしくない」と感じることは自然です。組織論では、外から来た知識に価値があっても抵抗してしまう態度を「Not Invented Here(ここで発明されたものではない)」と呼ぶことがあります。この反応は個人の頭の中でも起きます。独自性を出す場所を間違えると、丸くない車輪を自分らしい発想だと思い込んでしまうことがあるため、基礎の部分では過去の失敗に従い、独自性は既存の方法を理解した後に出すほうが安全です。

最後に残る問いは一つです。いま悩んでいる問題は、本当に自分がゼロから考えるべき問題でしょうか。それとも、すでに誰かが名前をつけ、失敗し、解きかけている問題でしょうか。後者なら、必要なのはひらめきではなく、まず巨人を探すことです。考えるのは、その肩に乗ってからで十分です。

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