2025年6月5日、任天堂はNintendo Switch 2を発売する。日本語専用版は49,980円、多言語対応版は69,980円。北米やアジアの一部地域でも販売されるが、中国本土は販売地域に含まれていない。中国のSNSでは「価格差が大きい」「中国だけ仲間外れだ」といった不満が広がった。なぜ中国市場が外れたのか。その背景には、任天堂と中国市場の間に積み重なってきた規制と失敗の歴史がある。
Switch 2の販売地域から中国が外れた
任天堂が2025年にSwitch 2を正式発表した際、販売地域に中国本土は含まれていなかった。日本語専用版と多言語版の価格差は2万円あり、中国のSNSでは「日本語ができない人は2万円の罰金を払うようなものだ」という声も出た。ただし、任天堂が中国市場を軽視していると決めつける前に、中国における家庭用ゲーム機の扱いを振り返る必要がある。
2000年のゲーム機禁令が作った空白
2000年、中国政府は青少年保護を名目に、家庭用ゲーム機の製造・販売・輸入を停止する措置をとった。いわゆるゲーム機禁令だ。この措置により、任天堂を含む海外メーカーは正規ルートでの販売や広告、サポート拠点の設置ができなくなった。中国は人口13億人を抱える巨大市場だったが、任天堂にとっては長く「触れることすら許されない領域」となった。
「ゲーム機ではないゲーム機」iQue Playerの挑戦
ゲーム機禁令を回避するため、任天堂は2003年に中国向けの製品「iQue Player(アイキュープレイヤー)」を投入した。これは形はコントローラー、中身はパソコンに近い構造を持つダウンロード型の端末で、教育用電子教材という建前で販売された。現地パートナーと合弁会社を設立し、中国政府との交渉を経て、正式な許可ではないものの教育用として販売が認められた。
収録タイトルは『スーパーマリオ64』『ゼルダの伝説 時のオカリナ』『マリオカート64』などで、暴力的・中毒的と判断されにくい冒険やパズル系が中心だった。価格は498元で、当時の中国の平均月収と比べると高めの設定だった。
iQue Playerが市場から消えた理由
iQue Playerは2003年に発売されたが、2004年には売上が伸び悩み、2005年には新作ソフトの開発・投入がほぼ停止した。理由は複数ある。
- 価格が高く、一般家庭には手が出しにくかった
- 販路が家電量販店や教育関連の店に限られ、ゲーム機としての魅力が伝わらなかった
- 家庭のネット環境が整っておらず、ダウンロード方式が使いにくかった
- 「教育用」という建前がユーザーに理解されず、商品の位置づけが曖昧だった
2006年以降、製品展開は縮小し、iQue Playerは静かに市場から姿を消した。任天堂は中国市場で目立った展開を見いだせないまま、約8年の空白期間を過ごすことになった。
2014年の限定的な解禁と現在の状況
2014年、中国で14年続いたゲーム機禁令が名目上解除された。ただし、これは全国的な解禁ではなく、上海限定の試験販売だった。ゲームを発売するには1本ずつ政府の審査が必要で、暴力的・反社会的と判断される表現は認められないというガイドラインも設けられた。
また、当時の中国では「水貨(スイカ)」と呼ばれる並行輸入品のゲーム機が広まっていた。正規品より安く早く手に入るため、正規ルートの商品は価格や流通の面で不利な状況にあった。
中国市場に向き合う難しさ
Switch 2が中国本土で販売されない背景には、こうした規制の歴史と、過去にiQue Playerで苦い経験をした任天堂の慎重さがあると考えられる。任天堂が公式に理由を説明しているわけではないが、単に「中国市場を無視している」のではなく、参入のハードルとリスクを踏まえた判断である可能性は高い。
中国のゲーマーから見れば、価格差や販売地域の除外は納得しにくいだろう。しかし、ゲーム機を取り巻く制度や流通の違いを知ると、任天堂が中国市場に対して一筋縄ではいかない事情を抱えてきたことが見えてくる。