新しい道具やサービスを試すとき、最初の印象だけで「これはいい」と判断してしまうことがある。任天堂が1995年に発売したゲーム機「バーチャルボーイ」は、発売当初こそ未来の遊びとして注目されたものの、1年余りで生産終了となった。その経緯には、暮らしに新しいものを取り入れるときに見落としがちな判断材料がいくつも含まれている。
バーチャルボーイに何が起きたのか
バーチャルボーイは、専用のゴーグルを覗き込むと赤と黒の立体映像が飛び出して見えるという、当時としては珍しいゲーム機だった。左右の目に少しずつ違う映像を見せることで、脳が奥行きを感じる仕組みを利用している。日本では1995年7月21日に1万5000円で発売され、アメリカでも179.95ドルで登場した。発売直後は体験コーナーに行列ができるほどの注目を集めた。
開発を主導した横井軍平は、携帯ゲーム機「ゲームボーイ」では、あえて白黒液晶を使い、価格と電池持ちを優先したことで成功した。しかしバーチャルボーイでは、フルカラーの立体表示が高価だったため、赤色LEDを採用せざるを得なかった。この選択が、目の疲れや映像の単調さにつながったとされる。
実際に使い始めると、いくつかの問題がすぐに表面化した。画面が赤と黒の二色だけだったため目がチカチカし、机に置いた本体に顔を近づける姿勢では首や肩が疲れやすかった。説明書には15分以上遊ばせないようにという注意書きがあったともいわれ、健康面への不安も広がった。さらに、発売時に遊べるソフトが少なく、「すぐ飽きる」という声も出た。
任天堂は数か月後に価格を1万3800円へ下げ、広告を増やし、年末には人気シリーズの「ワリオランド」を投入した。それでも販売の勢いは戻らず、最終的な世界販売台数は約77万台にとどまった。
暮らしに取り入れる前に確認したいこと
バーチャルボーイの失敗は、ゲーム機だけの話ではない。新しい椅子や家電、習慣を生活に取り入れるときにも、同じような見落としが起こりうる。ここでは、当時の状況から読み取れる確認点を3つに整理する。
1. 短時間の試用ではわからない負担を想定する
バーチャルボーイは、店頭の体験コーナーでは数分間の試遊だった。そのため、長時間使ったときの目の疲れや首肩の負担が見えにくかった。新しい道具を試すときも、短い時間では快適でも、30分、1時間と使い続けたときに体へ負担が出ないかを確認しておくと失敗を減らせる。たとえば、新しい机やモニターを買う前に、可能なら実物で同じ姿勢を数分ではなく十数分試す。難しい場合は、購入後にまず短い時間から使い、違和感があれば早めに使用時間や姿勢を調整する。
2. 目新しさと「続けるための選択肢」を分けて考える
バーチャルボーイは「立体映像」という目新しさが先行した一方、発売時に遊べるソフトが3本程度しかなかった。目新しさは最初の興味を引くが、それだけでは日常的に使い続ける理由にならない。新しい習慣や道具を取り入れるときも、最初のワクワク感と、1週間後・1か月後に使う場面があるかを分けて考えるとよい。たとえば、新しい調理家電を買う場合、最初の1回は楽しくても、収納場所や片付けの手間、使いたい場面の頻度まで考えておく。
3. 価格を下げても解決しない問題がある
任天堂は値下げと広告で巻き返しを図ったが、根本的な使いにくさやソフト不足は残った。価格を下げることは手に取りやすくするが、体への負担や使い続けるための環境が整っていなければ、購入後の満足にはつながらない。暮らしでも、安くなったからといって、使いにくさや置き場所の問題を抱えたまま物を増やすと、結局使わなくなることがある。値段以外の「使うときの負担」に目を向けることが大切だ。
合わないと感じたら、早めに手放す判断も選択肢
バーチャルボーイは、発売から1年余りで生産終了となった。企業としての撤退は大きな決断だったが、使い手の側にも同じことがいえる。新しい道具や習慣を試して、体に負担を感じたり、使う場面が思い浮かばなかったりしたら、無理に使い続ける必要はない。使用時間を短くする、別の方法に置き換える、場合によっては手放すことも、暮らしを整えるうえでは有効な選択肢になる。
新しいものを取り入れるとき、最初の印象だけでなく、使う人の体への負担、続けるための選択肢、価格以外の使いにくさを確認しておく。バーチャルボーイの短い歴史は、そうした確認の大切さを教えてくれる。