海外に住む日本人は100万人台で、総人口の1%ほどにとどまります。海外のメディアは「なぜ日本人はもっと外に出ないのか」と繰り返し問いかけてきました。先に答えを書くと、動かない理由は「逃げ遅れている」からではなく、行ける状態にありながら残るという選択になっているからです。ただし、これは日本に問題がないという話ではありません。順番に見ていきます。
「逃げる」と「攻める」という言葉に引っ張られない
移住の話は、すぐに「逃げ」か「挑戦」かで語られます。同じ引っ越しなのに、付けるラベルが違うだけで意味が反転してしまう。そしてSNSでは、海外に移った人が「攻め」、残った人が「逃げ遅れ」として並べられがちです。
ここで分けておきたいのは、行動そのものと、その行動に後から貼られる意味です。移住は事実ですが、「逃げた」も「攻めた」も、受け取る側が足した解釈にすぎません。他人のラベルで自分の選択の意味が決まってしまうなら、それは少し窮屈な話です。
移住した人が最初にぶつかる、数字に出ないコスト
たとえば、という仮の話として。年収が3倍になったとしても、家賃や医療、保険、食費が同じ比率で収まるとは限りません。アメリカには国民皆保険がないため、会社の保険がどこまでカバーするかで負担が大きく変わります。歯の治療1本で十数万円というのは、珍しい金額ではありません。
治安も同じです。深夜に一人で歩けるかどうかは、生活の質を大きく左右します。統計の取り方や年によって幅はありますが、アメリカの殺人発生率は日本より一桁以上高い水準にあります。夜に出歩かない、女性は特に気をつける、といった行動の制限が日常に入り込むと、自由に使える心の余裕は静かに削られていきます。
そして見落とされやすいのが孤独です。英語が通じても、雑談や冗談の温度まで共有できるかは別の話です。昼も週末も一人、という状態が長く続くと、心身に響きます。海外生活のつらさが続いて帰国する人は少なくありません。つらさが長引くときは、根性で解決しようとせず、専門家や相談窓口を頼ってよい領域です。
「何もない一日」を分解してみる
電車が数分遅れただけで謝罪がある。深夜に女性が一人で歩ける。1800円で医者にかかれる。蛇口の水がそのまま飲める。コンビニが24時間開いている。落とした財布が戻ってくる。
蛇口の水をそのまま飲める国は、世界でも限られています。落とし物の現金が高い割合で持ち主に返る国も、そう多くはありません。一つひとつは小さなことです。けれど毎日積み重なると、それは生活の土台になります。海外で暮らし始めてから、その土台が抜けたような感覚に気づく人がいます。
「ポスト・ジャパン・ディプレッション」という言い方
日本の利便性や安全性を経験した人が、離れた後にその喪失感で落ち込む現象を、そう呼ぶことがあります。ただし正式な診断名ではありません。あくまで俗称として使われている言葉です。
ここは誤解されやすいところで、誰にでも起きるわけではありません。環境や仕事、人間関係、性格によって大きく変わりますし、海外で生き生きと暮らしている人もたくさんいます。だからこれは「行くべきではない」という話ではなく、比較するときに見えにくい項目がある、という話です。
行けないから残るのと、行けるのに残るのは違う
日本のパスポートは世界でもっとも強い部類で、180を超える国や地域にビザなしで行けるとされています。つまり多くの人にとって、条件さえ整えば「行こうと思えば行ける」状態です。
それでも残るなら、それは逃げ遅れではなく選択です。行けない状態と、行けるけれど行かない状態は、似ているようでまったく違います。ただし、これは実際に情報を集めて比べた場合の話です。比べずに「どうせ無理」と決めているなら、それは選択ではなく保留です。保留は、あとから選択に変えられます。
それでも日本に問題がないわけではない
賃金が上がりにくい、残業が多い、生きづらさがある。これらは事実として扱ってかまいません。「安全なのだから満足すべきだ」という結論は乱暴で、安全と暮らしの余裕は別の軸です。
また、危険や差別、家庭の事情ですでに日本にいられない人にとって、「残る選択」を勧める話にはなりません。当てはまらない条件は、はっきり分けておく必要があります。
そのうえで、移るか残るかの二択にしない見方もあります。働き方、住む場所、職種、働く時間帯、リモートの活用など、中間の選択肢はいくつもあります。
迷っているときに試せること
- 短期間でも現地に行ってみる。観光では見えない生活の手触りが分かります。
- 数字を並べる。家賃、保険、医療、税、食費を現地通貨と円の両方で書き出します。
- 情報の出所を確かめる。発信者が実際に住んでいるのか、どの立場から書いているのか。
- 日本側の条件も書き出す。給料、残業、通勤、人間関係、譲れないもの。
- 結論を急がない。決めないという判断も、選択肢のひとつです。
まとめ
「逃げない」のではなく「動く理由がなかった」という言い方ができる人もいます。逆に、動く理由があるなら動けばいい。大切なのは、その判断をSNSの空気ではなく、自分の生活の実感から選ぶことです。
そのためにまず、今日の「何もない一日」を一度分解してみる。電車、水、夜道、コンビニ、病院。当たり前だと思っていたものを数えてみると、行くか残るかを考えるための材料が、少しだけ手元に残ります。