はじめに:見えない男性の負担
金曜の夜、営業課長の県一は男女平等研修を受けた直後、部長から大阪への単身赴任を命じられる。研修資料12枚のどこにも、彼の残業65時間や転勤の話は一行もなかった。なぜ「平等」の議論から男性の長時間労働や転勤が抜け落ちるのか。統計・歴史・制度の三つの視点から構造を解き明かす。
1. 数字に現れる男性の「見えない苦労」
- 週60時間超の労働者:男性9.9%、女性4.2%(男性は女性の2倍以上)
- 単身赴任の男性雇用者:全体2.1%、50代では3.5%
- 平均寿命:男性は女性より約6年短い
- 自殺者数:男性1万3801人、女性6519人(男性は女性の2倍超)
- 離婚時の親権:約85%が母親に渡る
これらの数値は厚生労働省や最高裁判例など公的記録に残っているが、研修資料や「男女平等ランキング118位」の算出には一切組み込まれていない。長時間労働は「働き方改革」の会議で、自殺は「命を守る対策」の会議で、親権は「法律改正」の会議でそれぞれ別々に扱われ、男性の負担として同一のテーブルに並ぶことはない。
2. 「118位」の計算式が女性の不利だけを数える理由
世界経済フォーラムのジェンダー・ギャップ指数は、女性が男性より不利な項目だけを減点し、女性が上回った項目は満点で打ち止めにする設計になっている。例えば大学進学率で女性が男性を下回れば減点されるが、女性が上回っても加点されない。健康寿命で女性が5年長いのは「当たり前」として差にカウントしない。作成団体自身がこの仕様を公表しており、男性が不利な指標は最初から計算外に置かれている。
3. 歴史的経緯:女性を引き上げる仕組みとして始まった「平等」
- 1960年代:結婚退職規定で女性は働き続けられなかった
- 1985年:男女雇用機会均等法で採用・昇進の差別禁止
- 1999年:男女共同参画社会基本法で「共に責任を担う社会」を謳う
これらの法制度は、職場から締め出されていた女性を引き上げるところからスタートした。そのため測定指標も「女性の不利」を可視化するものとして設計され、男性の長時間労働や転勤は「稼ぎ手の役目」として損失とみなされなかった。
4. 「稼ぎ手の役目」という暗黙の契約と男性の沈黙
終身雇用と年功序列賃金の代わりに、残業・転勤の決定権を会社に委ねるという約束が戦後から続いている。最高裁も「家族と離れる不利益は転勤に通常伴うもので我慢すべき程度」と判示し、この判例は40年経った今も転勤訴訟の基準として引用される。男性は「役目」を果たすために苦労を「損」と言わず、配偶者暴力の相談率でも男性は女性の半分以下にとどまる。県一のように単身赴任の辛さを誰にも話せない構造が、統計にはあっても声として上がらない理由だ。
5. 変わり始めた兆しと残された課題
- 男性育休取得率40.5%まで上昇(2023年)
- 2024年4月から離婚後の共同親権が選択可能に
- 転勤なし社員制度の導入(給与約1割減、管理職不可)
女性の働き方は法改正で大きく変わったが、男性の長時間労働・転勤の構造には手が付いていない。男性が家庭に戻るには残業・転勤を減らすしかなく、その決定権は依然として企業側にある。県一のケースのように「課長を降りれば家族のそばにいられる」という二者択一の選択を強いられる現実が続いている。
結論:平等の議題に男性の苦労を載せるために
男女平等の指標や研修が女性の不利だけを数えるのは、歴史的に女性を引き上げる目的で設計されたからだ。男性の長時間労働・転勤・単身赴任・短命・自殺・親権喪失といった負担は「稼ぎ手の役目」として損失扱いされず、統計上はバラバラに存在しているに過ぎない。真の平等を目指すなら、男性の負担も同一のテーブルで可視化し、企業・制度・社会の三者が「役目」の再分配を話し合う仕組みが必要だ。
明日からできるアクション
- 自分の残業・転勤の実態を数値化し、上司や人事に「負担の見える化」を依頼する
- 男性育休・時短勤務の制度利用実績を社内で共有し、ロールモデルを増やす
- ジェンダー・ギャップ指数の算出方法を確認し、男性不利指標の追加を政策提言に盛り込む
- 家庭内で「役目」の分担を見直し、パートナーと具体的なタスク配分を話し合う