イチロー氏が語る「自由」の本質について、母親から「好きなものを買っていいよ」と言われた瞬間の戸惑いを起点に考察します。
「好きなようにしていい」と言われたときの不安
なぜお母さんに好きなものを買っていいよと言われると戸惑うんですか? これは深いね。これ食べちゃダメって言われると食べたくなるよね。でも全部もう好きなようにしていいよって言われるとなんか気持ち悪くなってくるんだよね。人間ってやっぱりね好きなようにしていいと言われた時の不安ってやっぱ尋常じゃないっていうか、これはやっていいよ。あれはダメとかってルールを決めてもらえるとすごく楽なんだよね。
全面的な自由が与えられると、逆に選択の責任が重くなり、不安が生じることを指摘しています。
ルールがあるからこそ動ける自由
だけれどルールも何もなくて自分で決めなさいと言われると、ま、それに近いんだと思うよね。何でも買っていいよってことになってしまう。自由にしていいよっていう意味はすごく不自由なんじゃないかなって思うの。でも不自由なようにされてルールを決められると、ま、割と自由に動ける。で、自由が気持ちよくなるし。
適度な制約があるからこそ、人は安心して行動でき、真の自由を感じられるとしています。
自由が試される感覚
でも全部自由にやりなさいって言われるとそこに何か自分が試されてる感じが出てくると思うんだよね。それで戸惑うんじゃないのかな?実際に好きなものを買う? 買わない気します。買わない気がするよね。それはお母さんの作戦にまんまとはまっているということですね。
完全な自由は「試練」として感じられ、逆に行動を躊躇させる心理を描写しています。
自由とは制約のない状態ではなく、適切なルールの中で自分で選ぶ余地があることだという示唆が残ります。