たとえば、仕事帰りの駅の改札で、同じ部署のあの人と並んで帰る。今日こそ「今度ご飯でもどうですか」と言おうと思っていたのに、手を振って「また来週」と別れてしまう。反対方向の電車に乗ったあの人も、同じように「今日も誘えなかった」と考えている。二人とも相手のことが好きなのに、どちらも「相手は自分に興味がない」と思い込んでいる。こうした状態を両片思いと呼ぶ。
両片思いは、気持ちが揃っているのに確かめ合えていない関係だ。職場の同僚、サークルの仲間、昔からの友人。毎日顔を合わせているのに、関係がなかなか前に進まない。仲は悪くないし、話も弾む。だからこそ、この関係を壊したくないと思ってしまう。あと一歩で何かが変わりそうでも、どちらも踏み出さない。そんなもどかしい距離が続く。
伏せたカードのまま向き合う二人
好きという気持ちを、表にハートが描かれたカードに例えてみる。二人ともそのカードを伏せたまま、テーブルに置いている。相手のカードも伏せられているから中身は見えない。だから相手のカードは「ハズレ」だと思ってしまう。お互いに同じことを考えている。
これは勇気が出せない人を責める話ではない。好きだからこそ慎重になる。また、あの人が自分を好きに違いないと思い込むための話でもない。相手の気持ちは相手のものだ。もし相手がはっきり断っている、嫌がっているなら、それ以上追いかけてはいけない。ここで考えるのは、あくまでお互いが曖昧なサインを出し合っている場合のすれ違いだ。
好意は思ったより伝わっていない
自分の気持ちは、外に漏れ出ている気がする。こんなに好きなんだから、きっと顔に出ている。だが実際は、思っているほど伝わっていない。心理学では、自分の気持ちが実際以上に相手に見えていると感じてしまう傾向を「透明性の錯覚」と呼ぶ。
人は自分が出したサインは大きく伝わっていると感じ、相手が出したサインは小さく受け取ってしまう。自分はどれだけ勇気を出したかを知っているから、思い切って話しかけたら相手にも伝わったはずだと思う。でも相手のサインの裏にある勇気は見えない。相手が思い切って話しかけてくれても、ただの世間話にしか見えないことがある。
しかも好意のサインは、普通の親切とよく似ている。手伝ってくれた、お菓子をくれた。それが好意なのか、ただ優しいだけなのか区別がつかない。さらに、断られるのが怖いから、人はサインをわざと曖昧にする。「はっきり好きと見せずに、どうとでも取れる形で出す」のだ。曖昧なサインは保険のようなもの。相手にその気がなくても、ただの親切だったことにできる。でもその分、相手にも伝わらない。相手も同じように保険をかけているから、二人とも確信が持てない。
ある研究では、初対面の会話の後、人は相手が自分をどれくらい好きかを実際より低く見積もりがちだと報告されている。会話の後は「変なことを言った」と反省ばかりしてしまうが、相手はそんなところを覚えていないことが多い。カードで言えば、自分ではカードの端を大きくめくったつもりでも、相手からはほんの少し角が上がっただけに見えている。
動けない理由のすれ違い
両片思いの二人は、どちらも最初の一歩を踏み出さない。どちらも「相手が動いてくれたらいいのに」と思っている。自分が動かない理由はよくわかっている。断られるのが怖い、今の関係を壊したくない。気持ちがないからではなく、怖いから動けない。ところが、相手が動かない理由は違う風に見える。「誘ってこないのは、私に興味がないからだ」と考えてしまう。
同じ「動かない」という行動なのに、自分のときは怖さのせい、相手のときは気持ちがないせい、と原因の見方が正反対になる。心理学では、みんなが同じ気持ちなのに自分だけがそう感じていると思い込むことを「多元的無知」と呼ぶ。両片思いは、二人きりの多元的無知だ。
研究では、人は自分が動けない理由を拒絶への恐れだと考える一方で、相手が動かない理由は自分への関心のなさだと考えやすいことがわかっている。でも自分が怖いのと同じように、相手も怖いのかもしれない。相手が誘ってこないのは、興味がないからではなく、あなたと同じ理由かもしれない。
こうして二人とも、相手が先に動くのを待ち続ける。相手から連絡がない日、「忙しかっただけかもしれない」とは考えずに、「やっぱり興味がないんだ」と受け取ってしまう。沈黙が悪い証拠に見えてしまう。一度そう思い込むと、それに合う証拠ばかりが目に入る。返事が遅いことは覚えていて、楽しそうに笑ってくれた日は「たまたま」だと思ってしまう。
怖さの正体と、小さく確かめる方法
二人の足を止めている一番大きなものは、断られる怖さだ。好きだと伝えて「ごめん」と言われたら、考えただけでも胸が苦しくなる。研究では、人から拒まれたときの心の痛みは体の痛みと似た働きを伴うことが報告されている。拒絶を怖がるのは自然なことだ。
もう一つは、今の関係を失う怖さだ。友達として、同僚として楽しく過ごしている今を壊してしまうかもしれない。それなら友達のままでいい、と自分に言い聞かせてしまう。でも本当は、そのままでいいとは思っていない。職場や仲間内だと、断られた後の気まずさも怖い。毎日顔を合わせなければならない。さらに「勘違いだったらどうしよう」「自分だけが盛り上がっていたら」という恥ずかしさもある。その奥には、自分なんかが好かれるはずがないという自信のなさがあることもある。だから相手の好意のサインを信じきれない。
人は何かを得るよりも、今あるものを失うことに強く反応する。これを損失回避と呼ぶ。今の関係を失う怖さが、得られるかもしれない関係より大きく見える。しかも怖い未来は実際より大きく想像されがちだ。断られたら立ち直れない、と思う。でも実際には、思ったより早く立ち直れることが多いという研究報告もある。
カードで言えば、めくった先にハズレが出てきたらどうしよう、という怖さがカードに重しのようにのしかかっている。その怖さは、相手を大切に思うからこそ生まれる。気持ちが本物だという印でもある。そして、この怖さは相手も同じように抱えているかもしれない。
では、どうすればいいのか。いきなり告白する必要はない。ただ、サインは自分が思うより少し大きく出してちょうどいい。相手の小さな反応を「たまたま」と切り捨てずに、少しだけ留めてみる。そして、相手が動かない理由を「興味がないから」と決めつける前に、「自分と同じ怖さかもしれない」と考えてみる。相手のカードが何かは、めくってみるまでわからない。ただ、自分が伏せたままでは、相手にも見えない。