たとえば、お盆の夜。実家の押し入れを片づけていたら、中学校の卒業アルバムが出てきたとする。ページをめくると、ある一枚の写真で指が止まる。あの人。20年近く前の初恋の相手。昨日の夕食は思い出せないのに、教室の風景や横顔はなぜか鮮明に残っている。
初恋は多くの場合、実らない。付き合ってもいない相手を、どうして何十年も覚えているのか。それは今の恋人や家族を大切にしていないからではない。記憶と心の発達の仕組みに、理由の一端がある。
初恋は、子どもでも本物の恋だった
初恋と聞くと、大人は微笑ましいものとして片づけがちだ。でも、当時の本人にとっては真剣な感情だった。アメリカの心理学者エレイン・ハットフィールドたちは、4歳から18歳の子どもに恋の気持ちを尋ねた。大人の情熱的な恋を測る質問を、子どもにもわかる言葉に直して使ったという。「その人のことを考えるとドキドキするか」「いつもそばにいたいか」。すると、4歳ほどの子どもでも、大人と同じような熱い恋の気持ちを答えることがあった。
つまり、子どもの恋は気持ちの強さでは大人の恋に劣らない。幼稚園で「大きくなったら結婚しよう」と約束した記憶を笑う大人は多いが、本人にとっては本物の恋だった。初恋の多くは片思いのまま終わる。それでも、その感情が偽物だったわけではない。
卒業アルバムが開ける、記憶の引き出し
なぜ、何十年も前の顔を覚えているのか。普通、記憶はすぐに消える。ドイツの心理学者エビングハウスは、意味のない文字列を覚えてどれだけ忘れるかを自分で調べ、半分以上をわずか1日で忘れることを見つけた。ただし、意味のあることや繰り返し経験したことは、ずっと長く残る。
教室の顔は、毎日何百回も見た繰り返しの記憶だ。アメリカの心理学者ハリー・バーリックは、高校を卒業した約400人に卒業アルバムの写真を見せ、同級生の顔と名前を正しく結びつけられるかを調べた。卒業から30年以上経った人でも、顔と名前を9割ほど正しく見分けられた。ヒントなしで名前を言う力は年とともに落ちるが、見ればわかる力はほとんど衰えなかった。
これは、記憶が消えたのではなく、引き出しの奥にしまわれていたことを示す。アルバムという鍵があれば、すっと開く。初恋の相手の顔は、その中でも特別に長く見つめていた顔だ。授業中、つい目で追ってしまう。何百回も見た顔の中で、いちばん長く見ていたのがあの人だった。
思い出は十代に集まる
もう一つの理由は、人生の思い出の分布にある。人は最近の出来事をよく覚えているが、それとは別に、10代から20代の記憶が異常に多い時期がある。心理学者デイビッド・ルービンたちは、年配の人に短い言葉を見せて思い浮かんだ出来事と、それが何歳のときのものかを尋ねた。すると、思い出の数は10歳から30歳の間に大きな山を作った。研究者たちはこれを「思い出のコブ」と呼んだ。
なぜこの時期に記憶が集中するのか。一つは、自分という人間が固まっていく時期だからだ。何が好きで、どんな人になりたいのか。その答えを探す時期の出来事は、何度も思い返される。新しい学校、新しい友達、初めての部活。初めての経験は記憶に残りやすい。
もう一つは、人生の台本という考え方だ。多くの人は「入学、初恋、卒業、就職」といった出来事が、だいたいこの頃に起きるという台本を心の中に持っている。大学生に台本を書いてもらうと、恋に落ちるのは16歳頃とされることが多かった。台本にある出来事は、後から人生を振り返るときの物語の目印として、何度も呼び出される。
初恋は、まさにこの台本の中心にある。実らなかったとしても、人生の物語の重要な場面として記憶にしおりが挟まれやすい。
忘れられないのは、心の性質
初恋の記憶が消えないのは、未練や後悔だけのせいではない。子どもの頃の感情が本物だったこと、教室で何度も見た顔が永久保存されること、そして十代の出来事が物語の目印として残りやすいこと。この三つが重なっている。
お盆の夜、アルバムを閉じるとき、「もしあの頃の自分に1日だけ戻れたら、思いを伝えるだろうか」という問いが浮かぶ。答えを出す必要はない。ただ、20年前の教室が今も色褪せないのは、記憶の仕組みとして自然なことなのだと知っておくと、少しだけ胸の奥が軽くなるかもしれない。