押入れの奥に、ガムテープで閉じた段ボールがひとつ。側面には自分の字で「12年」と書いてある。中身は分かっているのに、開けると何をどうすればいいのか分からず、そのまま何年も置いてある。そんな箱について、先に結論を書きます。全部を救う必要はありません。まず3本に絞って、状態を確かめ、デジタル化を頼む。その手順を、期限がすでに過ぎている今の状況から整理します。
期限が指していたのはテープではなく機械だった
磁気テープの寿命は20年から30年といわれます。ただしこの数字には幅があり、同じ年に買った同じ銘柄でも、置かれていた場所で傷み方は変わります。窓際の1年より、北側の納戸で20年保管されていたもののほうが状態がよいこともあります。
より大きな問題は、再生する側の機械です。家庭用ビデオデッキの国内生産は2016年7月に終了しました。いちばん売れた年には1年間で1500万台以上が出荷されていたものが、最後の年は75万台。その後、新しいデッキはつくられていません。テープが押入れで待っている間に、再生する機械のほうが先に減っていったのです。
国連の文化機関による警告では、磁気テープの記録を2025年までにデジタルへ移さなければ取り返しがつかなくなる、とされています。ここでいう期限はテープの寿命よりも、交換部品や修理体制が細り、動く再生機が急速に姿を消すことと関係しています。つまり、箱の中のテープだけを見て「まだ大丈夫」と計算することはできません。
箱を開けたら、デッキがなくても確認できる3つのこと
自宅に再生する道具がなくても、テープの状態はある程度確かめられます。次の3つを順に試します。
- テープの透明な窓から巻かれた側面を明るい方へ向けて見る。きれいな茶色の輪なら状態がよいことが多い。白っぽい点や粉、曇りが見えたらカビの可能性。
- 鼻を近づけて、押入れとは別の酸っぱい匂いやカビ臭さがないか。
- 手に持って軽く振り、中でカラカラ音がしたら巻きが緩んでいる。そのままデッキに入れるとテープを巻き込む原因になる。
白い粉や糸のようなものがあっても、その場で捨てないでください。専門の機械でカビを落としてから再生できることが多いです。ただし、自分で布で拭かない、乾かそうと日光に当てない、カビがついたテープをデッキに入れない、の3つは避けます。カビはデッキの中に移り、残りのテープを再生できる機械まで失うことになります。
長く保管する場合は、巻き戻した状態のままにせず、最後まで送ってテープを片側に寄せておくと、締めつけすぎを防げます。
全部を助けようとしない。残すのは3本から
箱の中にはビデオテープだけでなく、8mmフィルムやカセットテープ、マイクロカセット、光ディスクなどが混ざっていることもあります。それぞれ再生できる手段が違うため、最初から全部を同じように扱うと進みません。
まず音の入ったテープを優先してください。顔は写真に残っていても、声はそのテープの上にしかありません。映像よりも先に、ご両親や家族の声が入っているものを確認します。
8mmフィルムはテープより強いことが多く、缶に入れて乾いた場所にあれば50年、60年とつことがあります。ただし映写機の数はさらに少ないため、頼める先は限られます。ビデオカメラ用の小さなカセットは、中のテープが細く、デッキ用のものより傷みやすいので、状態を優先して選びます。
なぜ3本かというと、デジタル化は1本ずつ実時間でしか進まないからです。30分のテープは30分かかります。業者に頼む場合も、本数が増えるほど時間や費用の負担が現実的に大きくなります。まず3本に絞ることで、箱全体の判断に詰まっていた状態から動き出せます。
デジタル化を頼むときの現場の事情
東京のある業者では、150台ほどのビデオデッキを動く状態で維持しているといいます。通常は戻るまで2か月、急ぎなら1週間のところもあるそうです。ただし、新しいデッキはもうつくられないため、壊れたら別の壊れた機械から部品を取るしかありません。
現場の人に「テープはいつ見られなくなりますか」と聞いても、はっきりした日付は返ってこないといいます。持ち込まれた100本のうち、どうしても読めないのは1本ほど。読めない理由もテープの傷みより、デッキとの相性によることが多いそうです。つまり、テープそのものはまだ持ちこたえているけれど、作業に使える機械が何台まで減ったら止まるのかは誰にも数えられない。だから期限を言えないのです。
これは、自宅のテープがいつまで見られるかは、テープの状態だけで決まらないという意味でもあります。依頼先の機械の台数や部品の在庫によって、同じテープでも結果が変わることがあります。1社だけで判断せず、複数の業者に状態と本数を伝えて確認するのが現実的です。
どうしても箱を開けるのがつらいときの代案
中身が分かっているのに手が止まるのは、面倒だからではなく、残すものと残さないものを選ぶ怖さがあるからかもしれません。子どもが映っているテープに「残さない」と決めるのは、なかなかできることではありません。その場合は、いきなり選別しようとせず、まず箱を出して、先ほどの3つの確認だけをする日をつくるのでも十分です。
判断が一人でできないときは、家族と一緒に箱を開けて、見る・聞く作業を分ける方法もあります。全部をその日に決めなくても、3本だけ先に選ぶと、残りはまた箱に戻して構いません。押入れ全体の片づけが止まっていた原因の箱が動くだけで、周りの布団や衣装ケースの判断も先に進みやすくなります。
すぐにデジタル化を依頼できない場合の応急的な保管は、湿気の少ない涼しい場所で、テープを巻き取った状態にしておくことです。ただしこれは時間を稼ぐ方法であって、再生できる機械が増えるわけではありません。
2025年という目安は過ぎています。それでも、国や資料館が何万時間もの記録を相手にしているのに対し、家庭で残したいのは3本です。3本ならまだ間に合います。全部を完璧に残そうとせず、声の入ったもの、状態のよいもの、どうしても手放せないものを順に選んで、1箱分の滞りを動かす。それが押入れの奥の箱を開ける最初の目的になります。