『星の王子さま』の冒頭に、有名な挿絵の場面があります。6歳の少年が、ウワバミがゾウを丸ごと飲み込んだところを絵に描いて大人に見せる。すると返ってきたのは「どうして帽子が怖いんだ」という言葉でした。少年はゾウがわかるように蛇の内側まで描き直しますが、大人たちは「そんな絵より地理や歴史、算数や国語を勉強しなさい」と言います。
大人が「帽子」と答えたのは、想像力がなかったから、と一刀両断できる話ではありません。目の前のものを、すでに知っている形に当てはめて手早く処理する。その見方に慣れてしまっていた、ということです。そしてこの物語が描いているのは、忙しさの中で心の余白を失った大人が、もう一度「見えないもの」に気づくまでの道のりです。
帽子に見えたもの、見えなかったもの
少年が描いたのは、外側から見れば確かに帽子のような形をしています。だから大人の答えは、間違いというより、表面だけを見て終わらせた答えです。少年は「内側はどうなっているか」を見てほしかった。大人は「外側が何に見えるか」で答えた。
ここで描かれているのは、知識の差ではありません。立ち止まるかどうかの差です。子どもは「これは何だろう」と考え込む。大人は「帽子だ」と名前をつけて、次の作業へ進む。名前をつけることは便利ですが、名前をつけた瞬間に、それ以上見なくなることもあります。
物語はやがて、サハラ砂漠に不時着した飛行士のもとに、金髪の小さな王子が現れる場面へ進みます。王子は羊の絵を描いてほしいとせがむ。絵がうまく描けない飛行士とのやりとりは、少年時代に絵を諦めた記憶と重なっていきます。
余裕がないと、人は「既知の型」で見てしまう
心に余白がないとき、人は見慣れた枠組みでものごとを判断しやすくなります。新しい可能性を考えるには energy が要るからです。これは特別な人に起こることではなく、忙しい日が続けば誰にでも起こります。
仮の例として、一日中判断を求められた日のことを想像してみてください。帰宅して家族が話しかけてくる。悪気はないのに「で、結局どうしたいの」と結論を急かしてしまう。話を聞いていないわけではありません。聞いた内容を、処理できる形に畳もうとしている。その畳み方が「帽子」です。
ここで注意したいのは、この見方を「心が狭い」とか「想像力が欠けている」と決めつけないことです。物語が描いているのは診断ではなく、誰の身にも起こる心の状態の描写です。余裕のなさは性格の問題ではなく、置かれた状況の産物であることが少なくありません。
「説明しないと伝わらない」という静かな寂しさ
少年は、大人にはいつもはっきり説明しないと伝わらない、という意味のことをつぶやきます。これは子ども側の諦めの言葉です。説明すれば伝わる。けれど、説明しなければ伝わらない関係は、どこか疲れるものです。
逆も同じです。説明を求める側には、相手の内側を想像する手間がありません。想像するには、時間と余白が要る。忙しい毎日の中で、その余白は後回しにされやすい。
人間関係で「わかり合えない」と感じるとき、足りないのは言葉の量ではなく、相手の内側を想像する時間なのかもしれません。もちろん、何でも察してもらうことを前提にするのは無理があります。説明することと想像することの、両方が要ります。
作者自身が、いちばん余裕を失っていた
サンテグジュペリは1900年、フランスのリヨンに生まれました。12歳で飛行機に乗せてもらった体験が空への情熱につながり、兵役では航空隊を志願します。操縦の訓練を許されない立場から、民間のライセンスを取り、上司に何度も直談判して、ついに飛行訓練生として受け入れられます。
その後は郵便輸送のパイロットとして働き、南米での勤務を経て結婚。小説『夜間飛行』で作家として成功しますが、多忙で家を空けることが増え、パートナーとの衝突や別居も経験します。勤めていた航空会社は経営難から吸収合併され、彼は職を離れることに。さらに飛行機の事故で命を落としかけ、1935年にはパリ〜サイゴン間の速度記録に挑戦してリビア砂漠に墜落し、九死に一生を得ます。
戦争が始まると偵察飛行の任務につきますが、フランスはまもなく降伏。彼はアメリカへ渡ります。しかし現地では英語も話せず、知り合いもなく、操縦できる飛行機もない。自分の存在価値を見失い、強い孤独に悩んだと伝えられています。その中で、子どもの頃の記憶をたどりながら書き始めたのが『星の王子さま』でした。
これは伝記として紹介されている範囲の話ですが、作品の成り立ちとして示唆的です。余裕を失った人が、余裕を取り戻すために書いた物語だったのかもしれません。
「大切なことは目に見えない」を合言葉にしない
この作品には、本当に大切なことは目に見えない、という趣旨の言葉が登場します。よく引用される一文ですが、この言葉だけを取り出すと、何でも「見えないものが大事」で片づいてしまいます。
そうではなく、見えないものに気づくには、立ち止まる時間が要る、というのが物語の具体的な主張です。相手の不機嫌の理由は目に見えません。数字にならない疲れも見えません。見ようとしなければ、帽子のままで終わってしまう。
日常で試せる小さなこと
物語を読んだあとにできることを、いくつか挙げてみます。どれも効果を保証するものではなく、試してみて合うかどうかで選んでください。
- 結論を急ぐ前に一呼吸おく。「で、どうしたいの」の前に「それは大変だったね」を一枚はさむ。
- 一日の終わりに、今日「帽子」に見えたものをひとつ思い出す。相手の話、自分の感情、なんでも構いません。
- 理由を問いただす前に、気持ちを聞く。「なぜ」より「どんな気持ちだった」のほうが、内側が見えやすい。
- 余裕がない日は、余裕がないと認める。無理に想像力を働かせようとすると、かえって自分を責めてしまう。
ただし、これらの行動が合わない場合もあります。慢性的な忙しさや睡眠不足が背景にあるなら、読書や工夫より先に休息が必要です。人間関係のつらさが長く続くときは、ひとりで抱えず、専門の相談窓口を頼ってください。
おわりに
大人たちは、意地悪で帽子と答えたわけではありません。ただ、立ち止まる余白を持っていなかった。私たちの中にも、同じ瞬間があります。誰かの話を帽子として処理してしまう瞬間が。
そのことに気づけたら、次に同じ場面が来たとき、ほんの少しだけ問いを変えられるかもしれません。「これは何だろう」と。物語が残したのは、その小さな余白のつくり方なのだと思います。