1964年、アメリカ東部の丘の上で、二人の若い研究者が大きなアンテナを空に向けていました。差し渡し6メートルほどの角型のアンテナで、空から届く弱い電波を測るためです。ところが、空のどこを向けても消えない雑音がありました。朝でも夜でも、季節が変わっても同じ強さです。アンテナの奥には鳩が巣を作り、内側を白いもので覆っていました。二人は鳩を追い出し、汚れをこすり落としました。それでも雑音はほんの少ししか減りません。つなぎ目にテープを貼っても同じでした。
この雑音に一年近く悩まされた二人は、やがてそれが宇宙の始まりの名残りだと知ることになります。夜空を見上げるとき、私たちは普段、星や月の光に目を向けます。でも、肉眼では見えない電波の光が、あらゆる方向から今も届いています。その光の正体にたどり着くには、いくつもの遠回りが必要でした。
星までの物差しが、宇宙の見方を変えた
まず、星までの距離を測る物差しがなければ、何も始まりませんでした。1912年、ある天文台で女性たちが写真乾板に写った星を一つずつ調べていました。その中の一人、ヘンリエッタ・リービットは、南の空に見える星の群れの中に、明るくなったり暗くなったりを繰り返す星が177個もあることに気づきました。そのうち25個について、明るさが変わる周期を調べると、はっきりした決まりが見えてきました。明るい星ほど周期が長く、暗い星ほど周期が短いのです。
同じ星の群れの中にあるので、地球からの距離はほぼ同じです。つまり明るさの違いは、本当の明るさの違いを意味します。周期を測れば、その星が実際にどれだけ明るいかが分かる。本当の明るさが分かっている星なら、見かけの暗さから距離を計算できます。夜道で遠くの明かりを見るとき、暗い明かりは遠く、明るい明かりは近いと感じるのと同じ理屈です。同じ明るさの明かりなら、暗さの違いで距離が分かります。
この物差しが、宇宙の見方を大きく変えました。1923年、ハッブルはアンドロメダ星雲の中に変光星を見つけ、その周期から距離を計算しました。すると、およそ90万光年。天の川銀河の大きさをはるかに超えていました。アンドロメダ星雲は天の川の中の雲ではなく、別の銀河だったのです。宇宙は天の川銀河一つではなく、無数の銀河でできている。それまで常識だった宇宙の姿が、ここで崩れました。
遠ざかる銀河と、始まりの予感
では、その銀河たちは止まっているのでしょうか。1920年代後半、遠い銀河ほど速く遠ざかっていることが分かってきました。銀河の光を虹のように広げて調べると、光の線が赤い方へずれています。そのずれは、遠ざかる速さを意味します。ハッブルが距離と速さを一枚の図に置くと、遠い銀河ほど速く遠ざかっていました。距離が2倍なら速さも2倍。どの銀河から見ても、他の銀河は遠ざかっていく。銀河が空間の中を飛んでいるのではなく、銀河と銀河の間の空間そのものが伸びているのです。
宇宙そのものが広がっているなら、時間を巻き戻せば、銀河は一つのところに集まります。つまり宇宙は小さく熱く密な状態から始まったことになります。ただし、当時の計算では宇宙の年齢は20億年と出ました。ところが同じ頃、岩石に含まれる放射性元素から地球の年齢は20億から30億年と測られていました。地球の方が宇宙より古いという矛盾が生まれ、それを説明するために「宇宙に始まりも終わりもなく、広がる隙間に物質が生まれ続ける」という考え方も出てきました。後に距離の物差しの誤りが修正され、矛盾は解消されます。それでも「始まりがある」という考え方は、すぐには受け入れられませんでした。
予言された光は、誰にも探されなかった
1948年、ある若者が計算用紙の山に埋もれていました。熱い始まりの宇宙で元素がどう作られたかの計算です。論文には、指導した物理学者ガモフら三人の名前が並びました。その年の11月、若者は仲間と短い予言を書きました。始まりの熱の名残りは、宇宙が広がるにつれて冷え、今は絶対零度より5度ほど高いだけの弱い光として、空の全てに満ちているはずだ、と。
しかし、誰もその光を探しませんでした。予言の紙は棚に置かれたまま、17年が過ぎます。実はもっと前、1941年にカナダの天文学者が、星間を漂う分子が何かの光にわずかに温められていると測っていました。でも誰もそれを始まりの名残りとは結びつけませんでした。正しい手がかりがあっても、探そうとする人がいなければ、それはただの雑音や些細な測定のままです。
消えない雑音の正体
冒頭の丘の上の二人に戻ります。鳩を追い出しても、つなぎ目にテープを貼っても、雑音は消えませんでした。雑音はアンテナの温度にして約3度分、一年近く変わりませんでした。太陽でも町でも天の川でもない。どこから来るのか分からないまま、二人は困り果てていました。
ある日、ペンジアスが別の用件でボストンの研究者に電話をかけたとき、話のついでにこの雑音のことを口にしました。相手は、プリンストンに宇宙に満ちる光を計算している若者がいると聞いたことを思い出しました。やがて理論のグループと測定の二人は出会い、同じ雑誌に二本の論文を揃えて出すことになりました。1965年のことです。測定の論文はこう結ばれています。この余分な温度はどの方向からも同じで、偏りがなく、季節で変わらない、と。
始まったばかりの宇宙は暑すぎて、光がまっすぐ進めない霧のような状態でした。広がって冷え、始まりから38万年ほど経ったとき、霧が晴れました。そのとき放たれた光が、138億年の間、宇宙と一緒に引き伸ばされてきたのです。今では絶対零度より3度ほど高いだけの、目に見えない電波になっています。丘のアンテナが拾った雑音は、宇宙の始まりの最初の光でした。二人は1978年にノーベル物理学賞を受けています。
ほとんど同じ光の中に、銀河の種があった
この光は、どこを向いても同じように見えました。でも本当にどこまでも同じなのでしょうか。後の衛星観測で、光の強さに10万分の1程度のごくわずかな違いがあることが分かりました。どこを向いても同じに思えた光に、かすかなむらがあったのです。このむらが銀河の種になりました。わずかに密度の高い場所に重力で物質が集まり、星が生まれ、銀河が育っていきました。
私たちの体も、温度に応じた光を出しています。名残りの光は、人が測ったどんな光よりも、熱いものが出す光の教科書通りの形をしています。夜空を見上げるとき、肉眼では何も見えない暗闇の中に、その光は確かにあります。それは遠い昔の出来事ではなく、今この瞬間も空から届き続けている痕跡です。
科学の物語は、消えない雑音に悩んだ二人の戸惑いから始まりました。その戸惑いが、星までの物差し、遠ざかる銀河、予言された光、そして銀河の種へとつながっていきます。空を見上げるとき、私たちはその続きを見ているのかもしれません。