眠気の自覚はあてにならない
睡眠不足の怖いところは、本人が「眠い」と感じにくくなる点です。ペンシルベニア大学の実験では、健康な大人48人を4時間・6時間・8時間のいずれかの睡眠時間に分け、14日間、光が出たらボタンを押す課題で注意力を測りました。4時間と6時間のグループは成績が日ごとに下がり続け、2週間後には丸2日眠らなかった人と同じ水準まで落ちました。8時間のグループだけが成績を保ちました。
注目すべきは、成績が下がっているのに本人たちの申告する眠気はほとんど上がらなかったことです。脳の一部が一瞬だけ眠るマイクロスリープが起きても、本人に自覚はありません。運転中なら、1〜2秒の意識の途切れで数十メートル進むことになります。
たとえば、40代で毎晩5時間ほどの睡眠を続け、自分は短時間睡眠体質だと思い込んでいた人が、家族に「最近同じことを何度も聞くね」と言われて初めて気づいたという話もあります。日中に眠くて仕方がない感覚はなかったのに、外から見ると抜けが増えていました。睡眠不足は眠気という形では届かず、物忘れや苛立ちとして遅れて現れることがあります。
「自分は短くても平気」という感覚は、体質の証明にはなりません。本当に平気な人と、平気だと感じる機能が鈍った人は、同じ言葉を口にします。
脳の掃除は睡眠の深さと関係している
睡眠は休憩ではなく、日中に溜まった老廃物を洗い流す時間でもあります。ロチェスター大学の研究では、深いノンレム睡眠に入ると脳細胞の隙間が約60%広がり、脳脊髄液が流れ込んで老廃物を押し流すことが報告されています。この掃除の速さは起きているときの約2倍になるといいます。洗い流される物質には、後に認知症との関連が指摘されるアミロイドベータも含まれます。
イギリスの公務員約8000人を25年間追った調査では、50代から60代にかけて睡眠時間が6時間以下の状態が続いた人は、7時間眠っていた人に比べて後に認知症と診断される割合が約30%高かったと報告されています。これは関連を示す調査であり、睡眠不足だけで認知症になると断定できるものではありません。それでも、毎晩の洗い残しが長い年月をかけて積み重なる可能性は軽視できません。
ここで重要なのは、脳の掃除が睡眠時間の長さだけではなく、深い眠りの深さに紐づいていることです。深い眠りは眠り始めのおよそ3時間に集中して現れます。夕方にテレビをつけたままうたた寝をすると、夜の本番の眠りが浅くなり、時間は確保していても掃除が進まないことがあります。
自分がどちらかを確かめる手がかり
短時間睡眠で足りる人は、短い時間の中に深い眠りを凝縮できている人でもあります。寝床に入ってすぐに眠り、途中でほとんど目が覚めず、必要な掃除を終えて起きる。量が少ないのではなく、無駄が少ない状態です。
自分の睡眠を見直すときは、時計の針の数だけで判断しないことが大切です。翌日の昼に眠気が戻ってくるかどうかが、ひとつの手がかりになります。短時間睡眠体質の人は、早朝に目覚めても昼間に眠くならず、休みの日に寝だめをしない傾向があります。一方、睡眠不足の人は、昼間に強い眠気が出たり、休日に長く寝てしまったりしやすくなります。
今日からできる小さな調整
- 睡眠時間を削る訓練をやめる。眠気を感じにくくなるだけで、注意力や記憶力の低下は進みます。
- 眠り始めの3時間を守る。夕方のうたた寝を控え、寝る直前の強い光やアルコールを避けると、深い眠りを確保しやすくなります。
- 昼間の眠気を記録する。午後に我慢できない眠気がある、休日に大幅に寝だめをする場合は、睡眠不足のサインとして扱います。
- 家族や周囲の指摘を手がかりにする。自分では絶好調でも、物忘れや同じ質問が増えていることがあります。
睡眠時間を削って得た時間は、その晩の眠気として返ってくるとは限りません。注意力の低下や、10年後、20年後の体への請求書として回ってくることがあります。まずは自分の眠りが「短くて足りている」のか「短くて足りていないのに気づいていない」のかを、昼間の状態から見直してみてください。