発達障害と診断される子どもが、2006年の約7,000人から2022年には12万人を超えた——そんな数字を見せられると、「なぜこんなに増えたのか」「何かがおかしくなっているのではないか」と身構えてしまいます。ただ、この増加は「障害そのものが増えた」と断定できるものではありません。診断の仕組みが整ったこと、社会が求める水準が上がったこと、そして昔は見えていなかった困難が可視化されたこと。いくつかの要因が重なった結果として説明されることが多いのです。
数字が示しているのは「増えた」ではなく「見えるようになった」かもしれない
まず押さえておきたいのは、昔のデータがほとんど存在しないという点です。発達障害という概念自体が広く知られていなかった時代には、診断を受けた子どもの記録も残っていません。比較する土台がない以上、「昔は少なく、今は多い」と単純に並べることはできません。
文部科学省の調査では、特別な支援を必要とする児童の割合が2012年の6.5%から2022年には8.8%へ上昇したとされています。この数字も、障害が増えたというより、支援の対象として把握できるようになったことの表れだと読むことができます。かつて「ちょっと変わった子」で済まされていた状態に、今は名前と支援の道筋がついた、という見方です。
社会が求める基準そのものが上がっている
見えやすくなった理由として挙げられるのが、学校や職場が求める能力の高さです。空気を読む、雑談を回す、複数の作業を同時に進める。これらが「できて当たり前」とされる場面が増えました。
進路の選択肢も変わっています。昔は職人、農業、工場など、学校の評価と別の物差しで生きていける道がそれなりにありました。今はそうした仕事にも高いコミュニケーション力やITの運用が求められます。同じ特性を持っていても、周囲の基準が上がれば「困りごと」として浮かび上がりやすくなる。つまり、子どもが変わったというより、社会の側が変わったという整理です。
親の年齢やデジタル環境という説明は、どこまで言えるのか
出産年齢の上昇も、よく挙げられる要因のひとつです。母親の出産年齢が上がるほど自閉症のリスクが統計的に少し上がる、父親の年齢も関係する、という研究が紹介されることがあります。ただしこれは集団を対象にした統計の話であり、個人を決めつけるものではありません。高齢出産だからといって必ずそうなるわけではなく、経済的な安定や精神的な余裕といった利点もあるとされています。
スマートフォンやゲームの長時間利用と、ADHDに似た症状の関連を指摘する報告もあります。ただし、因果関係が逆である可能性も否定できません。特性のある子がデジタル機器に没入しやすいのか、機器の使いすぎが症状のように見える状態を生むのか、はっきりしていないのです。極端に取り上げるのではなく、時間を決める、一緒に使うといった調整が現実的だとされます。
なお、人生が長くなったことで感情を扱う力の発達がゆっくりになっているのではないか、という仮説も提示されていますが、これは検証された説ではなく推測の域を出ません。断定して受け取らないほうが安全です。
特性そのものより「困りごとが出ているか」を見る
臨床の場では、ASD・ADHD・LDは病気ではなく、脳の情報処理の違いとして説明されることがあります。利き手の違いに近いというたとえです。大切なのは、特性があること自体ではなく、それが日常生活で困りごととして表れているかどうかです。
たとえば、忘れ物が多いなら努力不足ではなく仕組みが必要になります。持ち物のチェックリストを作る、アラームを設定する。落ち着かないなら根性ではなく環境を調整し、静かな場所で学ぶ時間や体を動かす時間を確保する。空気が読めないなら叱るのではなく、何がどうまずかったのかを具体的な言葉で伝える。どれも特別なことではなく、その子に合った手順を用意するという発想です。
「育て方のせい」という結論は成り立たない
同じ家庭で同じように育てた兄弟姉妹でも、困り方は同じになりません。一人は特性が目立ち、もう一人はほとんど困らない。この現実がある以上、育て方を原因と決めつけることはできません。親を犯人にしない、という視点は支援の前提になります。
「支援を入れたら普通でいられなくなる」「レッテルを貼られるだけ」という不安も根強くあります。支援は逃げ場ではなく環境調整ですが、合うかどうかは個人差があり、すべての子に同じ方法が当てはまるわけでもありません。合わないと感じたら、別の選択肢を相談する余地があります。
「雰囲気で分かる」という感覚を信じすぎない
見た目や雰囲気で発達障害かどうかを判断できる、という言い方がされることがあります。しかし診断は見た目で決まるものではありません。むしろ、そうした感覚の裏に「自分は普通の側にいたい」という気持ちが混ざっていないか、立ち止まってみる価値はあります。昔、クラスで浮いていた子をからかう側だった人が、その感覚を持ちやすいという指摘もあります。
数字の読み方を変えると、取る行動も変わる
診断数の増加を「子どもが変わった」と読むか、「社会と見え方が変わった」と読むかで、次に取る行動は変わります。前者の読み方では、親や子ども本人を責める方向に力が向かいがちです。後者の読み方なら、環境を調整する、必要な支援につなぐ、という実務的な判断がしやすくなります。
気になる困りごとが続く場合は、学校の先生や自治体の相談窓口、医療機関など、複数の入口があります。どこに相談するのが正解かは状況によって異なります。診断名をつけることより、その子がどこでつまずいているのかを具体的に見ていくことのほうが、役に立つ場面は多いはずです。