足りているのに満たされないのはなぜか――『スモール・イズ・ビューティフル』が示す、欲望との距離のとり方
心と暮らし

足りているのに満たされないのはなぜか――『スモール・イズ・ビューティフル』が示す、欲望との距離のとり方

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生活に困っているわけではない。仕事もそれなりにある。それなのに、心のどこかが満たされない。この感覚について、経済学者E・F・シューマッハの『スモール・イズ・ビューティフル』は、物の量ではなく欲望が増え続ける仕組みのほうに目を向けています。足りていないのは物ではなく、欲望が「もう足りた」と感じる地点なのかもしれません。

ここからは、本書で示されている考え方をたどりながら、日常の場面に引き寄せて整理していきます。本に書かれている主張と、そこから読み取れる解釈は、そのつど分けて書いていきます。

1973年、経済がいちばん勢いに乗っていた時期に書かれた

シューマッハは1911年にドイツで生まれ、のちにイギリスへ移り住んだ経済学者です。ケインズの下で学び、ジャーナリストとして執筆活動をしながら、ビルマ(現在のミャンマー)の経済顧問を務めた時期がありました。そこで接した仏教の生活態度に感銘を受けたことが、その後の考え方の土台になっています。

本書が出版されたのは1973年。その数か月後に石油危機が起きたと伝えられています。本書の出発点にあるのは、「現代のいちばん大きな誤りは、生産の問題は解決済みだという思い込みである」という指摘です。すぐれた生産性さえあれば、不足も問題も解決できる——人類はそう思い込むようになった、という批判です。

第二次世界大戦のあと、西側諸国を中心に一人当たりのGDPは大きく伸びました。本書が書かれたのは、まさにその成長が絶頂に近づいていた時期にあたります。豊かさが増していくただ中で、著者は何か危ういものを感じ取っていました。

繁栄は、貪欲と嫉妬を刺激することで成り立っている

本書には、繁栄を手に入れても平和の礎は築けない、なぜなら現代的な意味での繁栄を達成するには、人々の貪欲な心や嫉妬心を刺激せざるを得ないからだ、という趣旨の記述があります。

これは、私たちの実感に近いところがあります。とくに困っていないはずなのに、誰かの持ち物や暮らしぶりを見た途端、自分の生活が急にみすぼらしく感じられる。学校や職場で、目に見える数字だけで評価され続けて、心が疲れてしまう。思い当たる場面がある人もいるのではないでしょうか。

ただし、シューマッハが「欲望を完全になくそう」と言っているわけではありません。終わりのない欲望を刺激し続ければ、いずれ行き詰まる。だから舵を切る方向を変えたほうがいい、という主張です。極端な禁欲の話として読むと、かえって息苦しくなります。

本書では、ガンディーの言葉として、大地は一人ひとりの必要を満たす分は与えてくれるが、貪欲な心までは満たしてくれない、という趣旨の一節が引かれています。必要と欲望は別のものだ、という見方です。

生活水準を見直す、という具体的な提案

では、貪欲や嫉妬にブレーキをかけるにはどうすればいいのか。本書が挙げているのは、次の三つです。

  • 贅沢品を必需品にしないこと
  • 現在の必需品を見直し、その数を減らすこと
  • 必需品を、より簡素なものにしていくこと

要するに、生活水準をいったん見直しましょう、という提案です。ただし、これは簡単には進みません。人は、一度手にしたものの価値を実際より高く感じ、手放しにくくなる傾向があります。行動経済学では一般に「保有効果」と呼ばれる心理傾向です。

何も考えずに生活水準を上げていけば、それだけ失ったときの痛みも大きくなります。本書が仏教の教えを取り入れようとしたのは、この痛みの連鎖に、消費を増やす以外の選択肢を用意するためだったと読めます。

「減らす」がうまくいかない人もいる

この提案は、誰にでも同じように当てはまるものではありません。収入が安定しない時期、家族の介護や病気、子どもの教育など、簡単に水準を下げられない事情がある人もいます。また、欲望を減らすこと自体が常に正しいとも限りません。挑戦したいことや欲しいものがあるから動ける、という面も人間にはあります。

気持ちが沈み続けている、眠れない、日常生活が回らないといった状態が続くときは、生活の見直しより先に、専門的な支援を検討したほうがよい場合もあります。

仏教経済学——最小限の資源で最大の幸福

シューマッハが提唱した「仏教経済学」は、簡素と非暴力を基本とし、最小限の資源で最大の幸福を得ることを目的とする考え方だと説明されています。

従来の経済学では、どれだけ消費したかが豊かさの尺度になりやすいのに対し、仏教経済学は、いかに余分な消費をせずに幸福でいられるかを見ます。土台にあるのは、八正道の一つ「正しい生活」——自分だけにとってではなく、客観的に見て正しい生活——という教えだとされています。

ここからは記事としての読みですが、これは「我慢して質素に暮らす」という話ではなく、幸福を測る物差しを、消費の量から別の場所へ移す話として読めます。何をどれだけ持っているかではなく、その日をどう過ごしたか。物差しが変われば、同じ生活でも見え方が変わります。

今日できる、小さな確認

提案として、試せそうなことを挙げておきます。効果を保証するものではなく、合わなければやめていいものです。

  • 買う前に「これは必需品か、贅沢品を必需品に格上げしようとしていないか」と一度だけ問う
  • 家の中で「必需」だと思っているものを書き出し、数えてみる
  • 誰かと比べて苦しくなる時間帯(SNSを見る時間など)を把握しておく

大事なのは、全部を変えることではなく、一つだけ立ち止まる場所を持つことかもしれません。たとえば、買い物かごに入れる前に一拍置く。それだけでも、欲望が自動で膨らむ流れからは一度離れられます。

満たされなさは、あなたの欠陥ではない

心が満たされないのは、あなたが欲張りだからでも、意志が弱いからでもありません。欲望を刺激し続けることで動く仕組みの中に、私たちがいるからです。個人の性格の問題に還元してしまうと、見えなくなるものがあります。

だからといって、その仕組みを個人の努力だけで変えるのは難しい、というのが正直なところです。できるのは、自分にとっての「必要」の線を、ときどき引き直すことくらい。今日、手に取ろうとしている一つについて「これは必需か」と問うてみる。その程度で十分だと思います。

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