たとえば、面接の場面を想像してみる。椅子に座り、名前を名乗る前、相手の視線が一瞬だけ顔に留まる。その0.1秒ほどの間に、相手の中で何かが動き始めているとしたら。気のせいだと思いたいけれど、経済学はこの「何か」に数字を与えてしまった。
容姿の評価が平均より上の人と下の人では、生涯の収入に約2300万円の開きがあるという推計がある。日本でも、全国調査で顔立ちの評価が高い層と低い層の間に、個人年収で44万円ほどの差が見つかっている。努力では変えにくいものが、賃金という形で値段をつけられている。この話は、誰かの顔を採点するためではなく、市場がなぜ顔に対してお金を払ってしまうのかを考えるためのものだ。
「美人が得をする」ではなく「平均以下が罰を受ける」
1994年、経済学者のダニエル・ハマーメッシュとジェフ・ビドルは、調査で撮影された人々の顔を複数の評価者が5段階で採点し、実際の賃金と照合した。結果は、容姿の評価が平均より上の人は平均的な人より賃金が高く、その差は女性で約4%、男性で約3%だった。毎年の差が積み重なると、生涯で約2300万円の開きになるという。
ただし、ここで注意が必要なのは、この研究が示す本当の重みは「上の得」より「下の罰」にあることだ。平均より上の層が得るのは数%の上乗せだが、平均より下の層が失うのは5〜10%と、罰の方が大きい。つまり、これは美人が得をする話ではなく、平均に届かないと罰せられる話に近い。定義上、およそ半分の人が平均より下に置かれる。珍しい状態ではない。
さらに、この差は女性より男性の方が大きいと報告されることも多い。顔の話は女性の問題だと思い込みがちだが、データを見る限り、男性の方が顔で賃金差をつけられている面がある。しかも、不採用の通知に「顔」と書かれることはない。当事者ですら気づけないまま、差は面接の前から始まっている。
日本でも数字は同じ方向を向いていた
長い間、日本にはこの種のデータがなかった。その空白を埋めたのが、2018年に行われた全国調査だ。20歳から79歳までの2199人を対象に、調査員が対面した相手の顔立ちだけを11段階で評価し、収入と照合した。結果、容姿の評価が最も高い層と最も低い層の世帯年収の差は147万6000円、個人年収でも44万円の差があった。30年働けば1000万円を超える計算になる。
金額だけでなく、正規雇用で働く割合は10%以上高く、管理職につく割合はおよそ2倍だった。入り口だけでなく、その先の階段の登りやすさまで違っていたことになる。もちろん、これらの数字は相関であり、顔が収入を生んだのか、収入が身なりを整えさせたのかは分からない。収入が高いから服装や手入れに投資できるという逆向きの流れもある。それでも、学歴や年齢、健康状態などの条件を揃えた比較でも差が残ることは繰り返し確認されている。
市場が顔に払う三つの理由
なぜ市場は顔に対して賃金を払ってしまうのか。理由は少なくとも三つに分かれる。
一つ目は、実際に売上が変わる場合だ。接客や営業など、人と会うことが仕事の中心にある職種では、客が「感じの良い相手から買いたい」と思う。顔の印象がその感じの良さに影響するなら、雇い主が高い給料を払うのは偏見ではなく、生産性の差として扱われる。ただし、客の好み自体が偏っているなら、その偏りが売上という数字に変換され、給料に反映される。差別は消えたのではなく、形を変えただけかもしれない。
二つ目は、育ってきた時間の中で生まれる自信の差だ。電話越しのやり取りだけでも、容姿の評価が高い人が高く評価される傾向があるという報告がある。顔が見えていないのに、である。2006年のモビウスとローゼンブラットの実験では、容姿の効果は本人の自信や対人スキル、評価する側の思い込みに分解できた。つまり、顔そのものではなく、顔によって育まれた振る舞いや、相手の先入観が影響している部分がある。
三つ目は、私たちの目の単なる錯覚に近いものだ。人は顔から信頼できそうかどうかを、瞬きより短い時間で判断する。その判断が、面接の最初の一言より前に、相手の中で何かを決め始めている。評価する側に悪意がなくても、無意識のバイアスが積み重なれば、賃金という形で現れる。
数字を知ったあとに残ること
就職活動用の写真を修正する商売が成り立っていること自体、私たちがすでに顔に値段がつくことを知っている証拠だ。修正込みで数千円から数万円。応募者の顔は、経歴を読まれるより先に必ず目に入る場所に置かれている。
この話を、誰かの容姿を採点するために使うのは間違っている。むしろ、評価の仕組みが透明でないこと、損失が平均以下の側に偏っていること、そして当事者が気づけないまま差が広がっていくこと。その不都合さを、数字として見ておくことが出発点になる。顔を変える必要はない。ただ、市場がつけてしまった値段の仕組みが、努力だけでは覆せない場所にあることだけは、覚えておきたい。